主に従う: ハンナの信仰と献身から学ぶ

ハンナはとどまり、乳離れするまで子に乳を与えた。 やがて彼女は、その子を乳離れさせると、三歳の雄牛一頭、麦粉一エファ、ぶどう酒の入った革袋一つを携え、シロにある主の家にその子と共に上って行った。その子はまだ幼かった。 人々は雄牛を屠り、その子をエリのもとに連れて行った。 ハンナは言った。「祭司様。あなたは生きておられます。私はここであなたのそばに立って、主に祈っていた女です。 私はこの子を授かるようにと祈り、主は私が願ったことをかなえてくださいました。 私はこの子をその生涯にわたって主にお委ねします。この子は主に委ねられた者です。」彼らはそこで主を礼拝した。

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今日のテーマ

神の知恵と裁きの深さ—聖句からの教え

智慧

日々の決断を照らす知恵の光

ああ、神の富と知恵と知識のなんと深いことか。神の裁きのいかに究め難く、その道のいかにたどり難いことか。 「誰が主の思いを知っていたであろうか。 誰が主の助言者となっただろうか。 誰がまず主に与えて その報いを受けるであろうか。」 すべてのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向かっているのです。栄光が神に永遠にありますように、アーメン

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十字架上のイエスとペトロの信仰の試練

隣人を愛し、慈しむ心

人々はイエスを捕らえ、引いて行き、大祭司の家に連れて入った。ペトロは遠くから付いて行った。 人々が中庭の真ん中に火をたき、一緒に座っていたので、ペトロも中に混じって腰を下ろした。 すると、ある召し使いの女が、火明かりの中にペトロの座っているのを目にして、じっと見つめ、「この人も一緒にいました」と言った。 しかし、ペトロはそれを打ち消して、「あんな人など知らない」と言った。 少したってから、ほかの人がペトロを見て、「お前もあの連中の仲間だ」と言うと、ペトロは、「いや、違う」と言った。 一時間ほどたつと、また別の人が、「確かに、この人も一緒だった。ガリラヤの者だから」と言い張った。 だが、ペトロは、「あなたの言うことは分からない」と言った。まだ言い終えないうちに、たちまち鶏が鳴いた。 主は振り向いてペトロを見つめられた。ペトロは、「今日、鶏が鳴く前に、あなたは三度、私を知らないと言うだろう」と言われた主の言葉を思い出した。 そして外に出て、激しく泣いた

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最新の言葉

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復活の福音 - 神の存在を感じる時

パウロは、アレオパゴスの真ん中に立って言った。「アテネの皆さん、あなたがたがあらゆる点で信仰のあつい方であることを、私は認めます。 道を歩きながら、あなたがたが拝むいろいろなものを見ていると、『知られざる神に』と刻まれている祭壇さえ見つけたからです。それで、あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それを私はお知らせしましょう。 世界とその中の万物とを造られた神が、その方です。この神は天地の主ですから、人の手で造った神殿などにはお住みになりません。 また、何か足りないことでもあるかのように、人の手によって仕えてもらう必要もありません。すべての人に命と息と万物とを与えてくださるのは、この神だからです。 神は、一人の人からすべての民族を造り出して、地上の全域に住まわせ、季節を定め、その居住地の境界をお決めになりました。 これは、人に神を求めさせるためであり、また、彼らが探し求めさえすれば、神を見いだすことができるようにということなのです。実際、神は私たち一人一人から遠く離れてはおられません。 私たちは神の中に生き、動き、存在しているからです。皆さんのうちのある詩人たちも、『我らもその子孫である』と言っているとおりです。 私たちは神の子孫なのですから、神である方を、人間の技や考えで刻んだ金、銀、石などの像と同じものと考えてはなりません。 さて、神はこのような無知な時代を大目に見てくださいましたが、今はどこにいる人でも皆悔い改めるようにと、命じておられます。 先にお選びになった一人の方によって、この世界を正しく裁く日をお決めになったからです。神はこの方を死者の中から復活させて、すべての人にそのことの確証をお与えになったのです。」 死者の復活ということを聞くと、ある者は嘲笑い、ある者は、「それについては、いずれまた聞かせてもらうことにしよう」と言った。 それで、パウロはその場を立ち去った。 しかし、彼に付いて行って信仰に入った者も、何人かいた。その中にはアレオパゴスの議員ディオニシオ、またダマリスと言う女やその他の人々もいた

復活の福音 - 見えない信仰の幸い

その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちは、ユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸にはみな鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。 そう言って、手と脇腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。 イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父が私をお遣わしになったように、私もあなたがたを遣わす。」 そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。 誰の罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。誰の罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」 十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。 そこで、ほかの弟子たちが、「私たちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をその脇腹に入れなければ、私は決して信じない。」 八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。 それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、私の手を見なさい。あなたの手を伸ばして、私の脇腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」 トマスは答えて、「私の主、私の神よ」と言った。 イエスはトマスに言われた。「私を見たから信じたのか。見ないで信じる人は、幸いである。」

希望の言葉