頭髪が白くなったからとて上座なのではない。ただ歳を取っただけならば、空しく老いぼれた人と呼ばれる

原文

頭髪が白くなったからとて上座なのではない。ただ歳を取っただけならば、空しく老いぼれた人と呼ばれる。

意訳

白髪の老人だからといって、長老として崇められはしない。人格も整っていなければならないという意味。人間は、姿や形だけの見せかけでは、誰も認めてくれない。自分を磨くことが大切であり、その絶え間ない努力を続けることこそが尊いだろう。

出典

『法句経』

解説

『法句経』は『ダンマパダ=真理のことば』ともいい、お釈迦さま自身の言葉を伝える原始仏典の一つ。423の詩が26章にわけて収録されている。

妙機禅師の教え

年齢を重ねること自体は、必ずしも尊敬に値するものではない。髪の毛の色が白くなったからといって、それが尊厳や知恵を伴うわけではないことを、私たちは肝に銘じるべきである。年老いた者が尊敬されるためには、歳月を重ねた結果としての内面的成長が必要不可欠だ。外面的な特徴が人を評価する基準となることはなく、真の評価はその人の持つ思想や人格、そして他者への優しさによって決まる。

私たちは常に自分を研磨し、真実を理解し、徳を積んでいく義務がある。何気ない日常の中で学び、成長し続ける努力こそが、人生を豊かにし、他者からの信頼を得る源泉である。この道を歩むことでこそ、たとえ白髪に変わろうとも、心は若々しく、尊敬に値する存在となれるのだ。

『法句経』の教えに耳を傾けると、人生の本質、人間の存在の意義に思いをはせることができる。耳にする教えは、ただの言葉ではなく、真理を映し出す鏡である。その教えを体得し、日常生活に活かすことで、自分自身をさらなる高みに導くことができる。外見で判断することは愚かであり、信頼や尊敬は内面的な価値に基づくことを忘れてはならない。

年を重ねることは自然の摂理であっても、その中身を充実させることができるのは、自身の意志次第である。反省と努力を怠ることなく、心を磨き続けることで、初めて真の尊敬を受ける存在へと変わるのだ。これが、私たちが人生を歩む上で守るべき道であり、真の幸福を手に入れるための指針である。心の内から生まれる智慧こそが、真正な尊厳の所在なのだ。

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