主のぶどう畑:神の愛と応答の重要性
(ヨハネによる福音書 15:6-10)
私につながっていない人がいれば、枝のように投げ捨てられて枯れる。そして、集められ、火に投げ入れられて焼かれてしまう。
あなたがたが私につながっており、私の言葉があなたがたの内にとどまっているならば、望むものを何でも願いなさい。そうすればかなえられる。
あなたがたが豊かに実を結び、私の弟子となるなら、それによって、私の父は栄光をお受けになる。
父が私を愛されたように、私もあなたがたを愛した。私の愛にとどまりなさい。
私が父の戒めを守り、その愛にとどまっているように、あなたがたも、私の戒めを守るなら、私の愛にとどまっていることになる。
(ヨハネによる福音書 15:6-10) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
主は言われました。「私につながっていない人がいれば、枝のように投げ捨てられて枯れる。」私たちが神との関係を持たないとき、私たちの命は枯れ果て、意味を失います。しかし、主に繋がり、主の言葉が私たちの心に宿るなら、私たちは望むものを願うことができ、その願いは果たされるのです。これは、信じる者に与えられる約束です。
私たちが豊かに実を結び、主の弟子として生きるとき、私たちの行いは父に栄光をもたらします。その栄光は、私たちが主に愛され、主の愛にとどまることで表れます。父が私を愛されたように、私もあなたがたを愛している。この愛の中にとどまることが何よりも重要です。
私たちが主の戒めを守るなら、その守りの中で主の愛に留まることができます。この愛は、私たちを豊かにし、私たちの生きる目的を明らかにします。聖書の言葉は、私たちに生きる力を与え、困難な時にも希望を与える源です。私たちが主の愛の中で生き、豊かな実を結ぶことができるよう、日々主に繋がり続けましょう。