モーセの歌から学ぶ知恵と警告
(申命記 32:28-35)
実に、彼らは思慮のない国民
彼らには分別がない。
彼らに知恵があれば悟り
自分たちの行く末を理解したであろう。
もし、岩なる方が民を売らず
主が民を渡さなかったなら
どうして一人で千人を追い
二人で万人を敗走させえたであろうか。
彼らの岩は私たちの岩のようではない。
敵もそのことを認めている。
彼らのぶどうはソドムのぶどうの木から
ゴモラのぶどう畑から出たもの。
彼らのぶどうは毒ぶどう。
その房は苦い。
彼らのぶどう酒は大蛇の毒
コブラの猛毒。
これは私のもとに蓄えられ
私の倉に封じ込めてある。
彼らが足を滑らせるとき
復讐し、報いるのは私だ。
彼らの災いの日は近い。
彼らの危機は速やかに来る。」
(申命記 32:28-35) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
モーセの歌には、思慮のない国民についての警告が語られています。彼らは分別がなく、何が自分たちの行く末を決めるのかを理解していません。神が彼らを守らなければ、一体どうして彼らが敵に勝つことができるでしょうか。彼らの岩は違うのです。私たちの岩は真の神、そして敵すらもそのことを認めています。
この歌は、私たちにとっても警告の意味を持ちます。思い悩んだり、間違った道を選ぶことなく、神の知恵に従うことが求められています。彼らのぶどうはソドムやゴモラのものであり、毒ぶどうであるという比喩が用いられています。そのようなものからは決して喜びは得られないのです。私たちの生活にも、不必要な誘惑や試練が待ち受けています。その時、私たちを守るのは主であり、私たち自身がその岩を理解し信じることが重要です。
モーセの言葉は、私たちの行動に明確な方向性を示します。彼らの災いの日が近いと言われる中で、私たちは常に神の意志を求め、正しい道を選ぶために彼に祈るべきです。目の前の困難と試練に直面したとき、私たちは決して一人ではないことを思い出さなければなりません。神の知恵と導きに従うことが、私たちの日々の選択を明るく照らすのです。この聖句は、私たちにとっていつでも心に留めるべき名言なのです。