神殿とキリストの贖い-ヘブライ人への手紙からの教え

(ヘブライ人への手紙 9:11-14)

原文

しかしキリストは、すでに実現している恵みの大祭司として来られました。人の手で造られたのではない、すなわち、この世のものではない、もっと大きく、もっと完全な幕屋を通り、

雄山羊や若い雄牛の血によってではなく、ご自身の血によってただ一度聖所に入り、永遠の贖いを成し遂げられたのです。

雄山羊や雄牛の血、また雌牛の灰が、汚れた者たちに振りかけられて、彼らを聖別し、その身を清めるとすれば、

まして、永遠の霊によってご自身を傷のない者として神に献げられたキリストの血は、私たちの良心を死んだ行いから清め、生ける神に仕える者としないでしょうか。

出典

(ヘブライ人への手紙 9:11-14) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

私たちが信じるキリストは、ただの祭司ではなく、神が定めた完璧な大祭司としてこの世に来られました。彼は、私たちの罪のためにご自身の血を捧げ、永遠の贖いを成し遂げられたのです。人の手で造られた聖所や幕屋ではなく、神の存在がある完璧な幕屋を通り、彼は私たちを罪から解放する道を開いてくださいました。

古代の儀式においては、雄山羊や若い雄牛の血が使用されていましたが、それらは一時的なものでした。しかし、キリストの血は異なります。彼は永遠の霊によって無傷な存在として神に献げられたため、その血は私たちの良心を清め、肉体的な行いから解放し、真の生ける神に仕える者としての道を私たちに与えます。

聖書に記されているように、「汚れた者たちに振りかけられて、彼らを聖別し、その身を清める」とされているこの儀式は、キリストによってより完全なものとされます。彼の贖いの力は、私たちの罪を洗い流し、何よりも神との和解を提供します。これが、私たちの信仰の核心であり、彼に従う者たちが生ける神に仕えるための力となるのです。

したがって、私たちはこの素晴らしい贖いを心に留め、毎日を感謝し、神に仕える生き方を選ぶべきです。キリストの血によって清められた私たちは、もう以前の汚れた存在ではなく、神の恵みの中に生きる者として新しい命を受け入れています。これこそが、私たちが求める神殿なのです。

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