重荷を担う者に与えられる主の言葉

(民数記 11:21-23)

原文

モーセは言った。「私と共にいる民は徒歩の者だけで六十万人います。それなのにあなたは、『私は肉を彼らに与え、一か月の間食べさせよう』と言われました。

彼らのために羊や牛を屠れば、彼らにとって十分なのでしょうか。海の魚を全部集めれば、彼らにとって十分なのでしょうか。」

主はモーセに言われた。「主の手は短いのだろうか。私の言葉どおりになるかならないか、今、あなたは見るだろう。」

出典

(民数記 11:21-23) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

モーセは、神に向かって訴えました。「私と共にいる民は六十万人にものぼります。それなのに、あなたは『肉を彼らに与え、一か月の間食べさせよう』と言われました。しかし、彼らのために羊や牛を屠っても、彼らを満たすには足りないでしょう。たとえ海の魚をすべて集めたとしても、十分ではありません。」このように、モーセはその重荷の大きさに困惑していました。

そんな中、主はモーセに言いました。「私の手は短いのか?あなたの思い通りになるかどうか、今、あなたは見るだろう。」主の言葉は、私たちに信じる力を与えます。人生には多くの重荷があり、時にはその重荷があまりにも大きく感じられることがあります。しかし、そのときこそ、私たちは神の約束を思い出すべきです。主の力は、私たちの限界を超え、私たちの必要を満たすことができるのです。

信仰を持って、重荷を担い続ける者には、必ず神の恵みが注がれます。モーセが直面したような困難な状況でも、神は共にいて、私たちを導いてくださいます。聖書を通して、主の言葉に聞き、信じれば、私たちが抱える重荷も軽くなることを忘れてはなりません。人間の知恵や力を超えた神の恵みを、どうか受け入れてください。

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