心の貧しい人々の幸いと平和の祝福
(マタイによる福音書 5:3-9)
「心の貧しい人々は、幸いである
天の国はその人たちのものである。
悲しむ人々は、幸いである
その人たちは慰められる。
へりくだった人々は、幸いである
その人たちは地を受け継ぐ。
義に飢え渇く人々は、幸いである
その人たちは満たされる。
憐れみ深い人々は、幸いである
その人たちは憐れみを受ける。
心の清い人々は、幸いである
その人たちは神を見る。
平和を造る人々は、幸いである
その人たちは神の子と呼ばれる。
(マタイによる福音書 5:3-9) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
「心の貧しい人々は、幸いである。天の国はその人たちのものである。」この言葉は、私たちが物質的な豊かさにとらわれず、心の貧しさを認識することの大切さを教えています。悲しむ人々もまた、幸いである。その悲しみは、慰めを受けるための準備であり、真の喜びへとつながるのです。
「へりくだった人々は、幸いである。彼らは地を受け継ぐ。」謙遜な心は神の前に大きな価値を持ち、私たちの霊的な成長を促します。義に飢え渇く人々は、満たされる約束を持っています。この飢えは、ただの肉体的な欲求ではなく、神の正義と真実を求める渇望を表しているのです。
また、憐れみ深い人々は、憐れみを受けると聖句に記されています。人生の中で他者に対する思いやりを忘れず、共に生きる姿勢が求められています。さらに「心の清い人々は、幸いである。彼らは神を見る。」心の清さは、私たちが神との深い関係を築くための鍵となります。
そして、最後に「平和を造る人々は、幸いである。彼らは神の子と呼ばれる。」平和の創造は、私たちの使命であり、互いに理解し、愛し合うことで神の子としての道を歩むのです。これらの聖句は、私たちにとっての指針であり、真の祝福を得るための道しるべとなります。心を整え、他者を思いやりながら、平和の道を歩んでいきましょう。