信仰の生活と過越しの聖句に学ぶ
(出エジプト記 12:1-13 [12:1-14])
主はエジプトの地で、モーセとアロンに言われた。
「この月はあなたがたの第一の月であり、一年の最初の月である。
イスラエルの全会衆に告げなさい。『この月の十日に、父祖の家ごとに、すなわち家族ごとにそれぞれ自分たちのために小羊一匹を用意しなさい。
もし、家族が小さくて小羊一匹に見合わないなら、隣の家族と共に、人数に合わせて、それぞれ食べる量に見合う小羊を選びなさい。
あなたがたの小羊は欠陥のない一歳の雄の小羊でなければならず、羊か山羊の中から一匹を選ばなければならない。
あなたはそれを、この月の十四日まで取り分けておき、夕暮れにイスラエルの会衆は皆集まってそれを屠る。
そして、その血を取って、小羊を食べる家の入り口の二本の柱と鴨居に塗る。
その夜のうちに肉を火で焼き、種なしパンに苦菜を添えて食べる。
それを生のまま、または水で煮て食べてはならない。火で焼いて、頭も足も内臓も食べなければならない。
それを翌朝まで残してはならない。朝まで残ったものは、火で焼き尽くさなければならない。
それを食べるときは、腰に帯を締め、足にサンダルを履き、手に杖を持って、急いで食べなさい。これが主の過越である。
その夜、私はエジプトの地を行き巡り、人から家畜に至るまで、エジプトの地のすべての初子を打ち、また、エジプトのすべての神々に裁きを行う。私は主である。
あなたがたがいる家の血は、あなたがたのしるしとなる。私はその血を見て、あなたがたのいる所を過ぎ越す。こうして、エジプトの地を私が打つとき、滅ぼす者の災いはあなたがたには及ばない。』」
(出エジプト記 12:1-13 [12:1-14]) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
主はエジプトの地で、モーセとアロンに語りかけられました。この言葉は、ただの歴史の一片ではなく、私たちの信仰の生活に深く結びついています。「この月はあなたがたの第一の月であり、一年の最初の月である」と主が語られることで、新たな始まりが示されました。私たちも神の導きに従うことで、日々新たに生まれ変わることができます。
また、過越の小羊を用意するよう命じられる中で、神の選びと犠牲の意味を考えさせられます。「欠陥のない一歳の雄の小羊」が必要であるというこの教えは、私たちの心が神に向かって清められていることを求めています。家族で小羊を分け合うように、信仰の共同体の大切さも語られています。私たちも、隣人と共に支え合い、神の愛を分かち合う者でありたいものです。
その小羊の血は、「あなたがたのしるし」となり、主が過ぎ越す時、滅ぼす者の災いが及ばないことを約束されました。この血は、イエス・キリストによる贖いの象徴としても理解されています。私たちは、神の恵みによって、すべての恐れや不安を超えることができるのです。過越しの儀式は、ただの伝統ではなく、神の救いの計画を思い起こさせる大切な行為です。
「腰に帯を締め、足にサンダルを履き、手に杖を持って、急いで食べなさい」という言葉は、私たちに信仰をもって行動する重要性を教えています。神の導きに従い、迅速に行動することが求められています。私たちも、「信仰の生活」を実践し、日々の選択に神の御心を求めて生きていきましょう。