いのちに通じる門-聖書の言葉を考える
(ルカによる福音書 13:23-25)
すると、「主よ、救われる人は少ないのでしょうか」と言う人がいた。イエスは一同に言われた。
「狭い戸口から入るように努めなさい。言っておくが、入ろうとしても入れない人が多いのだ。
家の主人が立ち上がって、戸を閉めてしまってからでは、あなたがたが外に立って戸を叩き、『ご主人様、開けてください』と言っても、『お前たちがどこの者か知らない』という答えが返って来るだけである。
(ルカによる福音書 13:23-25) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
イエスは私たちに、「狭い戸口から入るように努めなさい」と教えられました。これは、救いを得るための道が決して容易ではないことを示しています。多くの者が、外側から戸を叩くことになり、救いの道を見失ってしまうかもしれないのです。その時、家の主人が戸を閉め、もはや入ることができない状況になることは警告となります。これは、私たちが生きている今の時間を大切にし、悔いのない生き方をすることを促しています。
聖書には、命から命へと続く道が狭く、険しいものであると書かれています。私たちは、日々の生活の中でその道を見失いがちですが、イエスの教導は、決して諦めてはいけないと語ります。信仰を持って努力し、この狭い戸口を通り抜けることが求められています。
「入ろうとしても入れない人が多い」との言葉は、私たちに警鐘を鳴らしています。救いは特別な者だけに与えられるのではなく、全ての人に向けられています。しかし、救いを手に入れるためには、努力と準備が必要です。そのためには日々の祈りや聖書の学びが重要であり、信仰を通じて心を整えることが求められます。
この教えに従って、自らの心を見つめ直し、狭い門をくぐるための努力を惜しまないようにしましょう。聖句を胸に刻み、人生の選択を通じて、真の目的地へと向かって進んでいくことが大切です。そうすることで、いのちに通じる門を見いだすことができるでしょう。