神の知恵:真珠よりも貴重な聖句
(箴言 8:1-11)
知恵は呼びかけていないか。
英知は声を上げていないか。
知恵は道沿いの高き所の頂に
また街道の四つ辻に立ち
町の玄関である門のそばで
入り口の扉で、喜び歌う。
「人よ、私はあなたがたに呼びかける。
人の子らに声を上げる。
思慮なき者よ、熟慮とは何かを見極めよ。
愚かな者よ、心を見極めよ。
聞け、私は唇を開いて語ろう
高貴なことを、公平なことを。
私の口はまことを唱える。
私の唇がいとうのは不正。
私の口の言葉はすべてが義であり
そこには曲がりもゆがみもない。
その言葉のすべては、分別ある人には正しく
知識を得た人にとってはまっすぐ。
銀ではなく、私の諭しを受け取れ
知識は金よりも望ましい。
知恵は真珠にまさり
どのような財宝も、これに並びえない。
(箴言 8:1-11) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
知恵は、私たちの前に立ち上がり、真実を明らかにするために声を上げています。聖書の中で、知恵はまるで町の門の近くに立ち、人々に呼びかけるかのように描かれています。「人よ、私はあなたがたに呼びかける」との声は、私たちに思慮深さを求めているのです。この呼びかけは、心の中の愚かさに理解を促し、知恵の道を歩むよう導いています。
私たちは、知恵の言葉を耳にし、心を開く必要があります。「聞け、私は唇を開いて語ろう」との言葉は、私たちが何を選ぶべきかを明確にし、知識や理解の価値を教えています。それは、銀や金のような物質的な価値を超え、私たちに真に必要なものを示しています。
「私の口の言葉はすべてが義であり、そこには曲がりもゆがみもない」とあります。この言葉は、知恵がもたらす真実の重要性を強調しています。知恵を得ることは、他のいかなる価値よりも優先されるべきです。私たちの人生において、知恵は真珠にまさる貴重なものであり、どのような財宝もその代わりにはなりません。
この聖句を通じて、私たちは自己の内面を見つめ、真の知恵を求める心を育てるべきです。私たちの道を照らすその光は、私たちの人生を豊かにし、神の導きを受けるための道しるべとなります。知恵は、人生のすべての側面において、私たちを導き、守る存在です。どうか、私たちがその呼びかけに耳を傾け、知恵を手に入れることができますように。