キリスト者の自由-愛をもって互いに仕える意味
(ガラテヤの信徒への手紙 5:13-15)
きょうだいたち、あなたがたは自由へと召されたのです。ただ、この自由を、肉を満足させる機会とせず、愛をもって互いに仕えなさい。
なぜなら律法全体が、「隣人を自分のように愛しなさい」という一句において全うされているからです。
互いにかみ合ったり、食い合ったりして、互いに滅ぼされないように気をつけなさい。
(ガラテヤの信徒への手紙 5:13-15) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
私たちはキリストによって自由へと召されています。この自由は、ただ楽しいことを求めるためのものではありません。むしろ、私たちが与えられた自由は、愛をもって互いに仕えるためのものです。ガラテヤの信徒への手紙にある通り、「肉を満足させる機会」としてこの自由を利用することは、互いにかみ合ったり、食い合ったりする原因となり、最終的には自分自身をも滅ぼしてしまうのです。
私たちの心には、「隣人を自分のように愛しなさい」という神の律法が刻まれています。これは私たちが日々の生活の中で、互いに愛と思いやりを持って接することが、神の教えを全うするための道であることを示しています。自由に生きることが要求される現代社会において、私たちはその自由の意味を深く理解し、他者のために尽くす姿勢を持たなくてはなりません。
愛を持って仕えることができるならば、私たちは真の自由を体験することができるのです。神が私たちに与えた自由は、自己中心的な生き方を捨て、他者を思いやる心を育むためのものであり、信仰に必要な行動でもあります。互いに仕え合うことで私たちのコミュニティは強まり、愛に満ちた関係が築かれます。
これこそが、私たちに求められている実体的な愛の形であり、それが聖句に示されている教えなのです。どうか、日々の生活の中でこの真理を忘れず、愛をもって互いに仕え合うことを心がけていきましょう。これこそが、聖書が語る真の自由を生きる証しとなるのです。