キリスト者の自由と他者を尊重する生き方

(コリントの信徒への手紙一 10:23-11:1)

原文

すべてのことが許されています。しかし、すべてのことが益になるわけではありません。すべてのことが許されています。しかし、すべてのことが人を造り上げるわけではありません。

誰でも、自分の利益ではなく、他人の利益を求めなさい。

市場で売っている物は、いちいち良心に問うことなく何でも食べなさい。

「地とそこに満ちるものは、主のもの」だからです。

あなたがたが信仰のない人に招かれて、それに応じる場合、自分の前に出されるものは、いちいち良心に問うことなく何でも食べなさい。

しかし、もし誰かが「これは、神殿に献げた肉です」と言うなら、そう知らせてくれた人のため、また良心のために、食べてはいけません。

「良心」と私が言うのは、自分の良心ではなく、他人の良心のことです。どうして私の自由が、他人の良心によって左右されることがあるでしょうか。

私が感謝して食事にあずかるなら、私が感謝しているものについて、どうして悪口を言われるわけがあるでしょうか。

だから、食べるにも、飲むにも、何をするにも、すべて神の栄光を現すためにしなさい。

ユダヤ人にも、ギリシア人にも、神の教会にも、つまずきを与えないようにしなさい。

私が、何事につけ、すべての人を喜ばせているようにです。私は、人々が救われるために、自分の利益ではなく、多くの人の利益を求めているのです。

私がキリストに倣う者であるように、あなたがたも私に倣う者となりなさい。

出典

(コリントの信徒への手紙一 10:23-11:1) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

すべてのことが許されています。しかし、すべてのことが益になるわけではありません。そして、すべてのことが人を造り上げるわけでもありません。私たちは、自分の利益を求めるのではなく、他者の利益を優先するよう求められています。市場で売られている物は、良心に問うことなく何でも食べることができますが、他者の良心を考慮しなければなりません。

「地とそこに満ちるものは、主のもの」と聖書にあるように、私たちは神に感謝して食事を取ります。しかし、もし誰かが「これは神殿に献げた肉です」と告げられたときには、その人のために食べない選択をするのです。この「良心」は、自分のものではなく、他者のものであり、私たちはそのことに気を配らなければなりません。

私たちが食べたり、飲んだり、行動する際には、すべて神の栄光を現すために行いましょう。ユダヤ人やギリシャ人、神の教会に対しても、つまずきを与えないよう注意が必要です。私がすべての人を喜ばせる姿勢であるように、あなたもまた私の姿を見習うべきです。私たちの行動が他者にどのように影響を与えるかを考え、すべての人の救いを求めるために、自分の利益を後回しにすることが求められています。

私たちは、キリストに倣う者として、真に自由でありながらも、他者のために生きる道を選ぶことができるのです。この名言に耳を傾け、他者を思いやることで、与えられた自由を最大限に用いましょう。

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