老いの栄え:モーセの信仰と思い出
(申命記 34:1-8)
モーセは、モアブの平野からネボ山にあるピスガの頂に登った。それはエリコの向かいにあり、主は彼にすべての地を示された。すなわち、ギルアドからダンまで、
ナフタリのすべてと、エフライムとマナセの地、西の海までのユダの全土、
ネゲブとツォアルまでのなつめやしの町エリコの谷の地方である。
そして、主は彼に言われた。「これが、アブラハム、イサク、ヤコブに対し、私があなたの子孫に与えると誓った地である。私はあなたの目に見せるが、あなたはそこに渡って行くことはできない。」
主の僕モーセは、主の言葉のとおり、モアブの地で死んだ。
主はベト・ペオルの向かい側にあるモアブの地の谷に彼を葬られた。しかし、今日に至るまで、誰も彼の葬られた場所を知らない。
モーセは死んだとき、百二十歳であったが、目はかすまず、気力もうせていなかった。
イスラエルの人々はモアブの平野で三十日間、モーセのために泣いた。こうして、モーセのために泣く喪の期間は終わった。
(申命記 34:1-8) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
モーセが百二十歳の時、主の命によりネボ山の頂に登ったとき、彼は約束の地を目にしました。ギルアドからダン、エフライムやユダの地、さらにはネゲブまで視界に入り、神の約束を実感したのです。しかし、主はそれを彼に見せるだけで、彼がその地に渡ることは許されませんでした。この瞬間、モーセの生涯の集大成を示す言葉が心に響きます。「これが、アブラハム、イサク、ヤコブに対し、私があなたの子孫に与えると誓った地である。」(申命記 34:4)
モーセは神に仕え、指導者としての使命を全うしましたが、彼の目はかすまず、気力も衰えませんでした。この姿は、老いの栄えを示す美しい聖句として私たちに語りかけます。老いてなお、神に対する使命感や信仰の力は消えることがないのです。イスラエルの民が彼の死を深く悲しみ、三十日間も喪に服したことから、彼がどれほど尊敬された人物であったかを伺い知ることができます。
モーセの生涯は、私たちに信仰の持続性と、その果実を想起させる名言となります。老いても揺るがない信仰心は、私たちの人生においても力強い光となるでしょう。彼が見た約束の地が示すように、私たちも神の約束を全うするために生き、老いてなお心を強く保っていきたいものです。モーセの姿を思い起こし、私たちも日々の生活の中で信仰を深めていきましょう。