収穫の感謝:神の恵みに心を寄せる

(レビ記 23:10-14)

原文

「イスラエルの人々に告げなさい。あなたがたは私が与える地に入り、刈り入れをするとき、刈り入れた最初の麦束を祭司のもとに携えて行かなければならない。

祭司はあなたがたが受け入れられるよう、その麦束を主の前に差し出す。祭司は安息日の翌日から差し出す。

麦束を差し出すその日、欠陥のない一歳の雄の小羊を主への焼き尽くすいけにえにしなさい。

また穀物の供え物として、油を混ぜた上質の小麦粉十分の二エファを主への火による献げ物、宥めの香りとしなさい。注ぎの供え物はぶどう酒四分の一ヒンである。

神への献げ物を携えて行くその日までは、パンも炒り麦も新しい穀物も食べてはならない。これはあなたがたがどこに住もうとも、代々にわたって守るべきとこしえの掟である。

出典

(レビ記 23:10-14) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

収穫の季節が訪れるとき、私たちは神からの恵みを思い起こし、感謝の気持ちをもって日々を過ごすことが大切です。レビ記23章10節から14節には、イスラエルの民が新しい地に入ったとき、最初の麦束を祭司のもとに携えて行くように命じられています。これは単なる儀式ではなく、神への感謝の表れです。私たちも日々の恵みを忘れず、感謝の心を持つことを忘れてはなりません。

神は、私たちが収穫を讃え、喜びを分かち合うように求めています。私たちの努力や労働の成果を神に捧げることで、感謝を具体的に表現できるのです。また、祭司がその麦束を神の前に差し出すことで、私たちの祈りや献げ物も神に受け入れられ、祝福されることを示しています。

神への献げ物は、単なる物質的なものであるだけでなく、私たちの心や感謝の気持ちの象徴でもあります。私たちはこの教えに従い、感謝の意をもって日々を過ごし、神の恵みをより深く理解するよう努めましょう。そして、これを通じて、他者との関係も豊かにし、共に神の愛を分かち合うことができるのです。

最初の麦束を捧げることの意味を理解し、私たちも日々の中で感謝を捧げることができるよう、ご自身の心を神に向け、豊かな祝福を受けることを願いましょう。神の恵みを受け入れ、信仰を持って、日々の生活が喜びに満ちたものとなりますように。

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