御言葉の力と私たちの行いについての聖句
(ヤコブの手紙 1:19-25)
私の愛するきょうだいたち、よくわきまえておきなさい。人は誰でも、聞くに速く、語るに遅く、怒るに遅くあるべきです。
人の怒りは神の義を実現しないからです。
それゆえ、あらゆる汚れや甚だしい悪を捨て去り、植え付けられた御言葉を謙虚に受け入れなさい。御言葉は、あなたがたの魂を救うことができます。
御言葉を行う人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの人であってはなりません。
御言葉を聞いても行わない者がいれば、その人は、自分の生まれつきの顔を鏡で映して見る人に似ています。
自分を映して見ても、そこを立ち去ると、どのようであったかをすぐに忘れてしまうからです。
しかし、完全な律法、すなわち自由の律法を一心に見つめて離れずにいる人は、聞いて忘れてしまう人ではなく、行う人になります。このような人は、その行いによって幸いな者となるのです。
(ヤコブの手紙 1:19-25) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
私の愛するきょうだいたち、良くわきまえておきなさい。人は聞くことに速く、語ることに遅く、怒ることに遅くあるべきです。なぜなら、人の怒りは神の義を実現しないからです(ヤコブの手紙 1:19-20)。
ですから、あらゆる汚れや甚だしい悪を捨て去り、謙虚な心で植え付けられた御言葉を受け入れなさい。御言葉はあなたがたの魂を救う力を持っているからです。この言葉は、私たちが日々の生活の中で何を選び、どう行動するかに大きな影響を与えます。
また、ただ聞くだけの受け身ではなく、御言葉を行う人になりなさい。自分を欺いて、聞いたことを実行しない者は、自分自身の姿を鏡で映して見る人のようです。彼は自分を見た後、その姿を忘れてしまうのです。
しかし、完全な律法、すなわち自由の律法を一心に見つめて離れずにいる人は、聞いて忘れてしまう人ではなく、実際に行う人となります。このような人は、その行いによって幸いを得るのです。私たちがこの教えを心に留め、日々の生活の中で実践することが、神の御心にかなう生き方であり、真の幸いをもたらす道であることを忘れてはなりません。