バビロン捕囚の教訓-失われた信仰と神の裁き

(列王記下 24:1-4)

原文

ヨヤキムの治世に、バビロンの王ネブカドネツァルが攻め上って来た。ヨヤキムは三年間彼に隷属していたが、一転して反逆した。

主はカルデアの部隊、アラムの部隊、モアブの部隊、そしてアンモン人の部隊を送られた。僕である預言者たちによって告げられた主の言葉のとおり、ユダを全滅させるために送られた。

ユダでこうしたことが起こったのは、まさに主の命令によるものであり、ご自分の前からユダを取り去るためであった。それはマナセの罪のためであり、彼の行ったすべてのことのためである。

また無実の者の血を流し、エルサレムを無実の者の血で満たしたためである。主はそれを赦そうとはされなかった。

出典

(列王記下 24:1-4) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

聖書の中で、バビロン捕囚の出来事は重要な教訓として私たちに語りかけています。ヨヤキムの治世下、バビロンの王ネブカドネツァルが襲いかかり、ユダは苦境に立たされました。彼は初めは隷属しましたが、後に反逆しました。この行動は、神の御心に反するものであり、その影響は計り知れません。

神は、ユダに対して警告を与えるために、カルデア、アラム、モアブ、アンモンの軍を送りました。それは主の預言者たちの言葉によるもので、ユダを滅ぼすための計画でした。この出来事は、単なる歴史の一断面ではなく、神の裁きと救いの物語として私たちに示されています。

ユダがこのような試練に直面したのは、マナセの罪、無実の者の血を流したことが主の怒りを招いたからです。エルサレムが無実の者の血で満たされ、神の御名が汚されたため、主はこのことを決して赦しませんでした。このように、神との関係が断絶し、信仰が失われることは、私たちにとっても重大な警鐘となります。

私たちはこの教訓を心に刻み、日々の生活の中で神の言葉に耳を傾け、誠実に生きることの大切さを常に忘れないようにしましょう。聖句は私たちに信仰を再確認させ、神との正しい関係を築くことを促しています。私たちが選ぶ道は、神の導きに従うものであるべきです。

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