神の子としての確信:御子にとどまることの重要性

(ヨハネの手紙一 2:28-3:3)

原文

そこで、子たちよ、御子の内にとどまりなさい。そうすれば、御子が現れるとき、私たちは確信を持ち、御子が来られるとき、御前で恥じることがありません。

あなたがたは、御子が正しい方だと知っているなら、義を行う者も皆、神から生まれていることが分かるはずです。

私たちが神の子どもと呼ばれるために、御父がどれほどの愛を私たちにお与えくださったか、考えてみなさい。事実、私たちは神の子どもなのです。世が私たちを知らないのは、神を知らなかったからです。

愛する人たち、私たちは今すでに神の子どもですが、私たちがどのようになるかは、まだ現されていません。しかし、そのことが現されるとき、私たちが神に似たものとなることは知っています。神をありのままに見るからです。

神にこの望みを抱く人は皆、御子が清いように自分を清くするのです。

出典

(ヨハネの手紙一 2:28-3:3) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

愛する兄弟姉妹たち、私たちは真理を知り、御子の内にとどまることによって、確信を持つ者となります。神が私たちに与えてくださったこの愛を心に留めましょう。私たちが神の子どもとしての身分を与えられ、世の中が私たちを理解し得ない理由を思い起こしてください。それは、世界が神を知らないからであり、私たちが神の霊によって生まれているからです。

信仰の道を歩む中で、私たちは御子が再び現れる時に、誇りを持って自らを立たせるために、日々義を行う努力をします。神は私たちを導き、清く保ってくださる存在です。私たちが御子のように清められるためには、自らも神に似た者となるという希望を抱く必要があります。そして、その希望を持つ者は皆、御子が清いように自らの生活を清めるのです。

私たちは神の子どもとして、主の教えに従うことによって、神の愛を実体化し、他者に伝える役割を担っています。この愛の中に生きること、それこそが私たちが目指すべき姿です。聖書に記されている通り、私たちがどのように変わるかはまだ現されていませんが、神を見る時、私たちが彼に似た者となると信じています。この信仰を持って、日々の生活を清め、御子にとどまりましょう。神の愛の中で生きることが、私たちの確信につながります。

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