主にあって一つとなる-ゼファニヤ書の言葉からのメッセージ

(ゼファニヤ書 3:8-10)

原文

それゆえ、私を待て

私が証人として立つ日を――主の仰せ。

私は諸国民を集め

もろもろの王国を呼び寄せ

彼らの上に私の憤りと燃える怒りを注ぐと

決めたからだ。

全地は私の妬みの火で焼き尽くされる。

その時、私はもろもろの民に清い唇を授ける。

彼らは皆、主の名を呼び

一つになって主に仕えるようになる。

クシュの川の向こうから

私を礼拝する者

かつて私に散らされた民が

供え物を携えてやって来る。

出典

(ゼファニヤ書 3:8-10) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

「それゆえ、私を待て」と主は仰せです。私たちの信仰の道は時に険しいものですが、主の思いを待ち望むことが何よりも大切です。ゼファニヤ書には、主が証人として立つ日の約束があり、全地を巻き込む怒りとともに、主の栄光が明らかにされることが記されています。この時、主はもろもろの民に清い唇を授け、彼らは心を一つにして主を礼拝するでしょう。

「私は諸国民を集め、もろもろの王国を呼び寄せ」と言われるように、主は私たち一人ひとりを待ち望んでおられます。私たちが主に仕える時、その背後には主の愛と憐れみがあります。そして、全地は主の妬みの火で焼き尽くされることが約束されていますが、それを恐れることはありません。なぜなら、私たちが主の名を呼び求める時、清い言葉が与えられ、私たちの心は一つになり、共に主を礼拝する者として立ち上がるからです。

私たちも、散らされた民のように、主のもとへ帰り、供え物を携えて行くべきです。この聖句は、私たちが互いに結束し、主に仕えることの重要性を教えています。「主にあって一つとなる」ことが、私たちの信仰の源です。全ての人が心を一つにし、主を礼拝する時、主はその場におられるのです。主の御名を高く掲げ、共に歩み続けましょう。

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