とりなしの祈り-固い信仰と希望の教え

(イザヤ書 53:8-12)

原文

不法な裁きにより、彼は取り去られた。

彼の時代の誰が思ったであろうか。

私の民の背きのために彼が打たれ

生ける者の地から絶たれたのだと。

彼は暴虐をなさず

口には偽りがなかったのに

その墓は悪人どもと共にされ

富める者と共に葬られた。

主は彼を打ち砕くことを望まれ、病にかからせた。

彼が自分の命を償いのいけにえとするなら

その子孫を見、長寿を得る。

主の望みは彼の手によって成し遂げられる。

彼は自分の魂の苦しみの後、光を見

それを知って満足する。

私の正しき僕は多くの人を義とし

彼らの過ちを自ら背負う。

それゆえ、私は多くの人を彼に分け与え

彼は強い者たちを戦利品として分け与える。

彼が自分の命を死に至るまで注ぎ出し

背く者の一人に数えられたからだ。

多くの人の罪を担い

背く者のために執り成しをしたのは

この人であった。

出典

(イザヤ書 53:8-12) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

私たちの主が、無実の罪を背負い、暴虐の中にあっても静まり返る姿を想像してみましょう。彼は私たちのために捧げられ、背きの代価を払うためにきました。聖書に記されているように、彼の苦しみは私たちを義とするためのものであり、私たちの過ちを彼が背負うのです。イザヤ書53章には、「私の正しき僕は多くの人を義とし、その過ちを自ら背負う」との名言があります。この言葉は、絶望的な状況にあっても希望を見出す力を私たちにもたらします。

主は私たちを愛し、私たちのために自らを捧げることを選びました。その姿勢は、私たちが他者を受け入れ、赦しの心を持つことの模範です。彼の命が私たちのために注ぎ出されたことを知るからこそ、私たちも愛と忍耐をもって生きることができるのです。彼は確かに、「多くの人の罪を担い、背く者のために執り成しをした」とされています。

私たちがこの主の愛を理解し、受け入れることができれば、彼の教えに従うことで新たな光を見出すことができます。私たちの信仰が、彼の犠牲によって強くなり、日々の生活に希望と喜びをもたらすことを願いましょう。主に感謝し、彼のとりなしの祈りを通じて、私たちもまた他者のために心を尽くす者となれるよう祈り続けることが大切です。

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