神の裁き:良い木と悪い木の教え

(マタイによる福音書 12:33-37)

原文

「木が良ければその実も良いとし、木が悪ければその実も悪いとしなさい。木の良し悪しはその実によって分かる。

毒蛇の子らよ、あなたがたは悪い人であるのに、どうして良いことが言えようか。およそ心から溢れることを、口は語るのである。

善い人は良い倉から良い物を取り出し、悪い人は悪い倉から悪い物を取り出す。

言っておくが、人は自分の話したつまらない言葉についてもすべて、裁きの日には責任を問われる。

あなたは、自分の言葉によって義とされ、また、自分の言葉によって罪ある者とされる。」

出典

(マタイによる福音書 12:33-37) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

私たちは日々の生活の中で、何気ない言葉を発していますが、聖書はその言葉が私たちの存在を映し出すものだと教えています。「木が良ければその実も良い」との言葉は、人生の原則を示しています。私たちの心に抱く思いが、やがて言葉となり、行動となり、周囲の人々にも影響を与えるのです。

悪い木から良い実は結ばれないように、私たちの言葉もまた、善と悪の選択を示します。「毒蛇の子らよ、あなたがたは悪い人であるのに、どうして良いことが言えようか」という警告は、私たち自身の内なる状態がその財産であることを思い起こさせます。この警告は、私たちの心とも深く結びついており、良い木となるために私たちは神により頼み、整えられるべきです。

「人は自分の話したつまらない言葉についてもすべて、裁きの日には責任を問われる」という聖句は、軽々しく発する言葉の重要性を教えます。私たちの言葉は、他者への影響だけでなく、自身の魂に対する評価ともなるのです。気をつけて話し、心に良きものを満たすことで、私たちは神の御心にかなう言葉を選び取ることができるでしょう。

このように、私たちの言葉には無限の力が秘められています。良い心から良い実を結ぶために、日々の生活の中で神に祈り、新しい命に満たされることを目指しましょう。この聖句の教えを心に留め、言葉の選び方を悔い改め、神の前に立つ日の備えをしっかりとしましょう。

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