刈入れの時-イエスの教えと私たちの使命

(ヨハネによる福音書 4:31-37)

原文

その間に、弟子たちが「先生、召し上がってください」と勧めると、

イエスは、「私には、あなたがたの知らない食べ物がある」と言われた。

弟子たちは、「誰かが食べ物を持って来たのだろうか」と互いに言った。

イエスは言われた。「私の食べ物とは、私をお遣わしになった方の御心を行い、その業を成し遂げることである。

あなたがたは、『刈り入れまでまだ四か月ある』と言っているではないか。しかし、私は言っておく。目を上げて畑を見るがよい。すでに色づいて刈り入れを待っている。刈り入れる人は報酬を受け、永遠の命に至る実を集めている。こうして、蒔く人も刈る人も共に喜ぶのである。

『一人が蒔き、一人が刈り入れる』ということわざのとおりになる。

出典

(ヨハネによる福音書 4:31-37) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

イエスは私たちに非常に大切な教えを残されています。「私の食べ物とは、私をお遣わしになった方の御心を行い、その業を成し遂げることである」と。これは単なる食物の話ではなく、私たちの生き方の根幹を示しています。私たちもまた、御心を行い、各々の場所で神の業を成し遂げる使命が与えられているのです。

弟子たちは、「刈り入れまでまだ四か月ある」と思い込んでいましたが、イエスは「目を上げて畑を見るがよい。すでに色づいて刈り入れを待っている」と言われました。これは、私たちが日々の生活の中で神の恵みに目を向け、準備を整える必要があることを教えているのです。刈り入れの時は、一瞬の決断であり、私たちがどれだけの実を結ぶかが試されている瞬間でもあります。

「刈り入れる人は報酬を受け、永遠の命に至る実を集めている」とあります。私たちはただ生きるのではなく、神の栄光のために歩む者となり、世に良い影響を与える存在であるべきです。蒔く人と刈る人が共に喜ぶように、互いに支え合いながら、神の国の業に参加することで私たちもまた喜びを感じることができます。

「一人が蒔き、一人が刈り入れる」ということわざは、私たちの信仰のコミュニティにおける連帯感も示しています。共に祈り、共に成長し、そして共に実を結ぶ。これが、聖句に基づく私たちの生き方であり、神が求めておられる姿です。今、あなたは何を蒔くべきでしょうか。そして、どのように刈り入れの時に備えますか。

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