命の水を求めて主を迎えよう

(ヨハネの黙示録 22:16-21)

原文

わたし、イエスは使いを遣わし、諸教会のために以上のことをあなたがたに証しした。わたしは、ダビデのひこばえ、その一族、輝く明けの明星である。」

“霊”と花嫁とが言う。「来てください。」これを聞く者も言うがよい、「来てください」と。渇いている者は来るがよい。命の水が欲しい者は、価なしに飲むがよい。

この書物の預言の言葉を聞くすべての者に、わたしは証しする。これに付け加える者があれば、神はこの書物に書いてある災いをその者に加えられる。

また、この預言の書の言葉から何か取り去る者があれば、神は、この書物に書いてある命の木と聖なる都から、その者が受ける分を取り除かれる。

以上すべてを証しする方が、言われる。「然り、わたしはすぐに来る。」アーメン、主イエスよ、来てください。

主イエスの恵みが、すべての者と共にあるように。

出典

(ヨハネの黙示録 22:16-21) 『聖書 新共同訳』より引用

妙機牧師の教え

聖書の中で、イエス・キリストのメッセージは私たちに深い意味を持ちます。ヨハネの黙示録22章16節から21節にかけて、主は私たちに向かって「来てください」と呼びかけています。この呼びかけは、単なる言葉ではなく、私たちが神との関係を深めるための招きであるのです。

「渇いている者は来るがよい。命の水が欲しい者は、価なしに飲むがよい」との言葉は、私たちが日常生活の中で感じる渇きや不足を、神の恵みによって満たされることを示しています。この命の水は、私たちの心と魂を豊かにし、真の安らぎを与えます。イエスは、私たちの内なる渇きを癒す唯一の源であることを忘れてはいけません。

また、神はこの書物の預言に対して非常に真剣に語られています。何かを加えたり取り去ったりすることは、私たちの信仰にとって非常に危険です。この警告は、神の言葉の重みと重要性を示しており、私たちが素直に受け止めるべき大切なメッセージです。

最後に、「然り、わたしはすぐに来る」という主の約束は、私たちに希望を与え、日々の信仰生活を支えてくれます。この言葉を心に留めながら、私たちは主を迎え、彼の恵みと愛を他者にも分かち合うことが求められています。信仰の旅路を共に歩みながら、主イエスが私たちと共にいてくださることを、心から感謝しましょう。

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