目をさまして–ルカによる福音書からの聖句
(ルカによる福音書 12:35-40)
「腰に帯を締め、灯をともしていなさい。
主人が婚礼から帰って来て戸を叩いたら、すぐに開けようと待っている人のようにしていなさい。
主人が帰って来たとき、目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ。よく言っておく。主人は帯を締めて、その僕たちを食事の席に着かせ、そばに来て給仕をしてくれる。
主人が真夜中に帰っても、夜明けに帰っても、目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ。
このことをわきまえていなさい。家の主人は、盗人がいつやって来るかを知っていたら、みすみす自分の家に忍び込ませたりはしないだろう。
あなたがたも用意していなさい。人の子は思いがけない時に来るからである。」
(ルカによる福音書 12:35-40) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
私たちに示された聖句の中で、ルカによる福音書12章35節から40節は、私たちの心の目を覚まさせる重要な教えを含んでいます。「腰に帯を締め、灯をともしていなさい。」この言葉は、私たちが常に怠らず、むしろ目を光らせているべきことを教えています。主人が帰って来た時、即座に迎えることができるよう、いつでも心を整えておくべきです。この待ちの姿勢は、信仰生活の礎となります。
聖句は続き、「目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いです。」と述べています。私たちが用意している時、神は私たちにその祝福を注がれます。祝福とは、ただ物質的なものだけではなく、霊的な恵みにも通じるのです。夜中の帰りや、思いがけない時であっても、目を覚ましている私たちには、主の愛が降り注がれるでしょう。
聖書の教えは、私たちに一つの真理を教えています。「家の主人は、盗人がいつやって来るかを知っていたら、決して自分の家を守らなかっただろう。」私たちも同様に、主が来られる時を知ることはできません。しかし、だからこそ、心の準備を怠ってはいけません。日常の忙しさにかまけて、信仰の灯が消えてしまわぬよう、常に主を待ち望む生活を心がけましょう。
このように、目を覚ましているということは、ただ待つだけではなく、日々の生活の中で神を敬い、神の栄光を現すことに他なりません。愛と誠実をもって、主を迎え入れる心の準備を持つことが、私たちの信仰の成長を助けます。この教えを胸に刻み、日々の生活を送りたいものです。