初めと終わり-神の言葉が教える真理

(イザヤ書 48:12-16)

原文

ヤコブよ、聞け。

私が呼び出したイスラエルよ。

私がそれだ。

私は初めであり、また終わりである。

私の手は地の基を据え

私の右の手は天を押し広げた。

私が呼びかけると、それらは共に立ち上がる。

あなたがたは皆、集まって聞け。

彼らのうち、誰がこのことを告げたのか。

主に愛された者が主の望みをバビロンに行い

その腕をカルデア人に下す。

語ったのはこの私であり

彼を呼び出したのも私である。

私は彼を連れて来て、その道を成し遂げさせる。

私に近づいて、このことを聞け。

私は初めから、ひそかには語らなかった。

それが起こった時から、私はそこにいた。

今、主なる神はご自身の霊と共に私を遣わされた。

出典

(イザヤ書 48:12-16) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

「ヤコブよ、聞け。私が呼び出したイスラエルよ、私がそれだ。私は初めであり、また終わりである。」この言葉は、私たちに神が過去、現在、未来を支配していることを思い起こさせます。私たちの日常生活の中で、神の存在を感じる瞬間があるでしょう。かつて神が天地を創造し、今もなおその手で私たちを支えていることを、私たちは忘れることができません。神の言葉は、「私の手は地の基を据え、私の右の手は天を押し広げた。」と示しています。これは、すべての創造物に対する神の絶対的な権威を表しており、私たちが直面する試練や困難を乗り越える力を与えてくれます。

「あなたがたは皆、集まって聞け。」神は私たちに耳を傾け、彼の召しを受け入れることを求めています。「語ったのはこの私であり、彼を呼び出したのも私である。」という言葉には、神の目的と計画が秘められており、私たち一人ひとりにもその計画があることを示唆しています。

そして、最後には「今、主なる神はご自身の霊と共に私を遣わされた。」という約束が示されます。神の霊は私たちと共にあり、道を照らしてくれるのです。この聖句を通じて、私たちは神の愛を再確認し、彼に信頼を寄せる勇気を得ることができます。初めと終わりを知ることで、私たちの信仰は一層深まることでしょう。

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