分ち合うよろこび-箴言の知恵を生かす
(箴言 17:1-5)
一切れの乾いたパンしかなくとも平穏であるのは
いけにえの肉で家を満たして争うことにまさる。
恥をもたらす子も悟りを得た僕が導けば
その兄弟と共に財産を分け合うことができる。
銀の精錬にはるつぼ、金には炉
心を精錬するのは主。
悪をなす者は悪の唇に思いを向け
偽る者は欲望の舌に耳を傾ける。
貧しい人を嘲る者は造り主を見くびる者。
災いを喜ぶ者が罰を免れることはない。
(箴言 17:1-5) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
一切れの乾いたパンがあるとしても、それが平安をもたらすならば、いけにえの肉で家を満たすことに勝るのです。この言葉は、物質的な豊かさを追い求めるのではなく、家族や友人と共に過ごす時間の尊さを教えています。安穏であることが真の豊かさであることを、聖書は教えています。
恥をもたらす子に対しても、私が導くことでその兄弟と共に財産を分かち合うことができるという希望があります。これは、私たちが互いに助け合い、支え合うことがどれほど重要かを示しています。銀や金を精錬するためには炉やるつぼが必要であるように、私たちの心も神の手によって精錬されるべきなのです。
悪をなそうとする者は、悪の唇に思いを向け、その欲望の舌に耳を傾けることが多いですが、聖書ではそのような者に罰がもたらされると警告しています。貧しい人を嘲る者は、創造主を軽んじる者であり、そのような心構えは神の目に留まります。災いを喜ぶ者が罰を免れることは決してないのです。
私たちが分ち合う喜びと、他者への理解を深めることで、神の愛を実践することができます。聖句の教えを通じて、真の豊かさに気付き、他者との関係を大切にすることが、私たちの歩みであるべきです。このように生きることで、私たちは神の御心にかなった生き方をしていけるでしょう。