洗礼を受ける意味と恵みの体験

(エフェソの信徒への手紙 2:1-7)

原文

さて、あなたがたは、過ちと罪とのために死んだ者であって、

かつては罪の中で、この世の神ならぬ神に従って歩んでいました。空中に勢力を持つ者、すなわち、不従順な子らに今も働く霊に従って歩んでいたのです。

私たちも皆、以前はこういう者たちの中にいて、肉の欲のままに生き、肉とその思いとの欲することを行い、ほかの人々と同じように、生まれながらに神の怒りを受けるべき子でした。

しかし、神は憐れみ深く、私たちを愛された大いなる愛によって、

過ちのうちに死んでいた私たちを、キリストと共に生かし――あなたがたの救われたのは恵みによるのです――、

キリスト・イエスにおいて、共に復活させ、共に天上で座に着かせてくださいました。

それは、キリスト・イエスにおいて私たちが賜った慈しみにより、神の限りなく豊かな恵みを、来るべき世々に現すためでした。

出典

(エフェソの信徒への手紙 2:1-7) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

洗礼はクリスチャンとして新しい人生を始める重要な儀式です。その背後には、罪との決別や神の恵みを体験する深い意味があります。聖書のエフェソの信徒への手紙には、「あなたがたは、過ちと罪とのために死んだ者であって…」と書かれています。私たちはかつて、肉の欲のままに生き、神から離れていた者でした。しかし、神は憐れみ深く、私たちを愛し、キリストを通して新たな命を与えてくださったのです。

洗礼を受けることで、私たちはこの恵みを象徴的に受け入れ、過去の罪から解放されます。水の中に沈むことは、古い自分を葬り、新しい命に生まれることを示します。また、キリストと共に復活させられることは、私たちが永遠の命を持つ希望を示しています。「あなたがたの救われたのは恵みによるのです」というメッセージは、私たちの努力や行いではなく、神の無条件の愛によって救われることを強調しています。

洗礼は、私たちの信仰の確認であり、また、神との新しい関係性の始まりでもあります。この儀式を通して、私たちは神の限りなく豊かな恵みを実感し、来るべき世々にその恵みを現す者として生きていくことが求められています。洗礼は単なる形式ではなく、私たちの心と生活を変える大切なステップなのです。神の愛と恵みを忘れず、日々の生活の中でその恩恵を思い出しながら生きていきましょう。

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