神の前に立つ個人:新しい契約の約束と聖句の力

(エレミヤ書 31:27-34)

原文

その日が来る――主の仰せ。私はイスラエルの家とユダの家に、人の種と動物の種を蒔く。

かつて、引き抜き、壊し、破壊し、滅ぼし、災いをもたらすために彼らを見張っていたが、同じように、建て、植えるために彼らを見張る――主の仰せ。

その日には、人々はもはや

「父が酸っぱいぶどうを食べると

子どもの歯が浮く」とは言わない。

人は自分の過ちのゆえに死ぬのだ。酸っぱいぶどうを食べる人は、誰でも自分の歯が浮く。

その日が来る――主の仰せ。私はイスラエルの家、およびユダの家と新しい契約を結ぶ。

それは、私が彼らの先祖の手を取って、エジプトの地から導き出した日に結んだ契約のようなものではない。私が彼らの主人であったにもかかわらず、彼らは私の契約を破ってしまった――主の仰せ。

その日の後、私がイスラエルの家と結ぶ契約はこれである――主の仰せ。私は、私の律法を彼らの胸の中に授け、彼らの心に書き記す。私は彼らの神となり、彼らは私の民となる。

もはや彼らは、隣人や兄弟の間で、「主を知れ」と言って教え合うことはない。小さな者から大きな者に至るまで、彼らは皆、私を知るからである――主の仰せ。私は彼らの過ちを赦し、もはや彼らの罪を思い起こすことはない。

出典

(エレミヤ書 31:27-34) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

その日が来る――主の仰せ。神は私たちに新しい道を示し、個々の心に新しい契約を築く準備をされています。かつて私たちの信仰は不安定で、過去の過ちに縛られていましたが、今や神は私たちを新しい命へと導こうとしています。この契約は、私たちの祖先がエジプトから導き出された瞬間に結ばれたものとは異なり、私たち自身の心に律法を刻むものです。

「父が酸っぱいぶどうを食べると子どもの歯が浮く」との言葉は、もはや人々の口にのぼることはないと宣言されています。これは、私たち一人一人が自らの選びと行動に責任を持たされる時代の到来を意味します。神の愛は私たちの過ちを赦し、罪を思い起こすことはありません。私たちの心に神の律法が宿る時、私たちは本当の意味で彼の民となるのです。

この新しい契約のもとでは、もう隣人や兄弟によって教えられる必要はありません。なぜなら、私たちは自ら神を知ることができるからです。小さな者から大きな者に至るまで、すべての人が神との関係を深め、彼の叡智を理解する日が来るのです。神は私たちの神となり、私たちもまた彼の民とされます。

このように、神の言葉は私たちを新しい生命の御業に引き入れ、深い平安と希望をもたらしてくれます。聖句に示される真理は、私たちの日常生活に変革をもたらし、私たちを神に近づける力となるのです。神の約束を信じ、未来に希望を抱いて歩み続けましょう。

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