永遠の命と善い行い|十戒の教え
(マルコによる福音書 10:17-21)
イエスが道に出て行かれると、ある人が走り寄り、ひざまずいて尋ねた。「善い先生、永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいでしょうか。」
イエスは言われた。「なぜ私を『善い』と言うのか。神おひとりのほかに善い者は誰もいない。
『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、奪い取るな、父と母を敬え』という戒めをあなたは知っているはずだ。」
するとその人は、「先生、そういうことはみな、少年の頃から守ってきました」と言った。
イエスは彼を見つめ、慈しんで言われた。「あなたに欠けているものが一つある。行って持っている物を売り払い、貧しい人々に与えなさい。そうすれば、天に宝を積むことになる。それから、私に従いなさい。」
(マルコによる福音書 10:17-21) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
イエスが道に出て行かれると、ある人が急いで近寄り、ひざまずいて尋ねました。「善い先生、永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいでしょうか。」この問いに対して、イエスは「なぜ私を『善い』と言うのか。神おひとりのほかに善い者は誰もいない」と返されました。私たちが善と思うものは、神の基準から見るとどのように映るのでしょうか。
イエスは続けて、「『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、奪い取るな、父と母を敬え』という戒めをあなたは知っているはずだ」と教えました。この言葉は、私たちの日常生活における道徳的基盤を示しています。神の戒めに基づく生き方が、永遠の命に繋がることをイエスは強調されました。
その人は、自信満々に「少年の頃から守ってきました」と応じます。しかし、イエスはその人を見つめ、慈しみの目で言われました。「あなたに欠けているものが一つある。行って持っている物を売り払い、貧しい人々に与えなさい。」これが、ただ守るだけではなく、他者への愛や奉仕が必要だという教えです。真の善は、他者を思いやる心から生まれます。
「そうすれば、天に宝を積むことになる。それから、私に従いなさい。」この言葉は、私たちに新たな道を指し示しています。物質の豊かさではなく、霊的な価値を求めて歩むことが、永遠の命へと繋がるのです。私たちもこの教えを胸に刻み、善い行いを通じて神の栄光を現す者となりましょう。