神に喜ばれる生けるいけにえとしての献げ物
(ローマの信徒への手紙 12:1-2)
こういうわけで、きょうだいたち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を、神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたの理に適った礼拝です。
あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を造り変えていただき、何が神の御心であるのか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるのかをわきまえるようになりなさい。
(ローマの信徒への手紙 12:1-2) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
私たちの信仰生活は、神の憐れみに応えるものであるべきです。ローマの信徒への手紙において、使徒パウロは、私たちが自分の体を神に喜ばれる生けるいけにえとして献げることを勧めています。この聖句は、私たちに理に適った礼拝のあり方を教えてくれます。
私たちの体は、単なる肉体ではなく、神の御用のために用いられるべき神聖なものです。そのためには、まず心を新たにし、自らを神にお捧げする必要があります。この世界に生きながら、世俗的な価値観に従うのではなく、神の御心を追求し、何が善であり喜ばれることなのかを理解することが求められています。
私たちは日々の行動や選択において、神の導きを求め、心を新たにする努力を続けることが重要です。混沌とした世の中で、私たちがどのように生きるかは、神の意志を反映させるかどうかにかかっています。神に喜ばれる生けるいけにえとして、私たちの生活を変えることが、真の礼拝であり、神の栄光を表すことに他なりません。
この聖句を常に心に留めつつ、私たちの信仰が行動に現れ、周囲の人々にも神の愛を伝えられるよう、日々努力していきましょう。神の恵みの中で、私たちは一人一人が価値のある存在であることを忘れずに、神に喜ばれる道を歩んでいきたいと願っています。