身を献げる—過越しのいけにえの重要性を考える
(出エジプト記 12:21-24)
そこで、モーセはイスラエルの長老たちを皆呼び寄せて言った。「行って、家族ごとに自分たちの羊を選び、過越のいけにえとして屠りなさい。
そして、ヒソプを一束取り、平鉢に入れた血に浸して、平鉢の血の一部を入り口の鴨居と二本の柱に付けなさい。朝まで誰も家の出入り口を出てはならない。
主は、エジプト人を打つために行き巡るとき、入り口の鴨居と二本の柱の上にある血を目にされると、その出入り口を過ぎ越され、滅ぼす者があなたがたの家に入って、打つことがないようにされる。
あなたがたは、自分とその子孫のための掟として、このことをとこしえに守らなければならない。
(出エジプト記 12:21-24) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
モーセはイスラエルの長老たちを呼び寄せ、過越のいけにえの重要性を説明しました。彼らは自らの羊を選び、屠るよう指示され、それに伴い、ヒソプを用いて血を鴨居と柱に塗り付けるように求められました。この行為は、単なる儀式ではなく、神の救いのしるしとして深い意味を持ちます。
神は、エジプトに対して行いをもって、イスラエルの民を守ることを約束されました。血が目に見えるところにあるとき、神はその家を過ぎ越すのです。この教えは、我々がどのような場面にあっても、神の愛と守りを信じ、従う姿勢を持つことの重要性を示しています。
「あなたがたは、自分とその子孫のための掟として、このことをとこしえに守らなければならない」との言葉には、世代を超えて続いていく信仰の重要性が含まれています。過越しのいけにえを通して、私たちは神に自らを献げ、彼の恵みを受ける道を示されています。
現代においても、身を献げることは変わらず重要なことであり、私たちの生活に神の導きがあることを信じることが必要です。日々の生活の中で、何かを献げることは、私たちが神に対して真摯に向き合う姿勢を育み、他者との関係をも深めます。この聖句から、私たちは神の守りの約束とそれに従う意義を再認識し、信仰を新たにして、生きていくべきなのでしょう。