神の真実と聖なる信仰を学ぶ
(民数記 20:6-13)
モーセとアロンは会衆から離れて会見の幕屋の入り口に行き、ひれ伏した。すると、主の栄光が彼らに現れた。
主はモーセに告げられた。
「杖を取り、あなたと兄アロンは会衆を集め、彼らの目の前で岩に向かって、水を出せと命じなさい。あなたは彼らのために岩から水を出し、会衆とその家畜に水を飲ませなさい。」
モーセは、主が命じられたとおりに、主の前から杖を取り、
モーセとアロンは会衆を岩の前に集めて言った。「聞け、反逆する者たちよ。私たちがあなたがたのために、この岩から水を出さなければならないのか。」
モーセが手を上げ、杖で岩を二度打つと、水がたくさん湧き出たので、会衆も彼らの家畜も飲んだ。
だが、主はモーセとアロンに言われた。「あなたがたは私を信じることをせず、イスラエルの人々の目の前に、私を聖としなかった。それゆえ、あなたがたは、私が彼らに与えた地にこの会衆を導き入れることはできない。」
これがメリバの水であり、そこでイスラエルの人々が主と争ったが、主は自らが聖なる者であることを彼らのうちに示されたのである。
(民数記 20:6-13) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
神はモーセとアロンに対して、会衆の前で岩に水を出すよう命じました。彼らはその命令を受け、会衆を集めて言いました。「反逆する者たちよ、私たちがあなたがたのために岩から水を出さなければならないのか。」この言葉には、いささかの怒りと不信が含まれていました。しかし、神はその背後にある信仰を求めておられました。モーセは杖を使い、岩を二度打ち、水が湧き出ると、会衆とその家畜は飲むことができました。
しかし、主はその行為に対して厳しい言葉をかけられました。「あなたがたは私を信じることをせず、私を聖としなかった。」この瞬間、神の真実が明らかになり、モーセとアロンは約束の地に導くことができないと宣告されました。神は私たちにも、単なる行動ではなく、心からの信仰を求めておられます。私たちの人生においても、困難な状況や試練が待っているとき、信じる心を持ち続けることの重要性を忘れてはいけません。
この物語は、私たちに信仰の意味を教えてくれます。信仰とは、神を真摯に受け入れ、従うことであり、私たちが目の前の問題にどう対処するかが、信仰の試金石となるのです。神は私たちに、信じることを通じて、恵みをもたらしてくださいます。私たちもその真実を心に留め、神の言葉に従う者でありたいと願います。