復活の希望と信仰の力—コリントの信徒への手紙からの教え

(コリントの信徒への手紙一 15:12-28)

原文

キリストが死者の中から復活した、と宣べ伝えられているのに、あなたがたの中のある者が、死者の復活などない、と言っているのはどういうわけですか。

死者の復活がなければ、キリストも復活しなかったはずです。

そして、キリストが復活しなかったのなら、私たちの宣教は無駄であり、あなたがたの信仰も無駄になります。

それどころか、私たちは神について偽証した者ということになります。なぜなら、本当に死者が復活しないのなら、神が実際には復活させなかったキリストを、復活させたと言って、神に反して証言したことになるからです。

死者が復活しないのなら、キリストも復活しなかったはずです。

キリストが復活しなかったのなら、あなたがたの信仰は空しく、あなたがたは今もなお罪の中にいることになります。

そうだとすると、キリストにあって眠りに就いた人々も滅んでしまったわけです。

この世にあって、キリストに単なる望みをかけているだけなら、私たちは、すべての人の中で最も哀れな者となります。

しかし今や、キリストは死者の中から復活し、眠りに就いた人たちの初穂となられました。

死が一人の人を通して来たのだから、死者の復活も一人の人を通して来たのです。

つまり、アダムにあってすべての人が死ぬことになったように、キリストにあってすべての人が生かされることになるのです。

しかし、一人一人にそれぞれ順番があり、まず初穂であるキリスト、次いで、キリストが来られるときに、キリストに属する人たち、

それから、世の終わりが来ます。その時、キリストはあらゆる支配、あらゆる権威と勢力を無力にして、父なる神に国を引き渡されます。

キリストはすべての敵をその足の下に置くまで、国を支配されることになっているからです。

最後の敵として、死が無力にされます。

「神は、万物を、その足元に従わせた」からです。「万物が従わせられた」と言われるとき、万物をキリストに従わせた方がそれに含まれていないことは、明らかです。

万物が御子に従うとき、御子自身も、万物をご自分に従わせてくださった方に従われます。神がすべてにおいてすべてとなられるためです。

出典

(コリントの信徒への手紙一 15:12-28) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

キリストが死者の中から復活したと宣べ伝えられています。しかし、もしあなたの中に死者の復活がないと信じる者がいるなら、その理由を考えてみましょう。死者が復活しないなら、キリストの復活もないということになります。その場合、私たちの宣教は無駄であり、あなたの信仰もまたむなしいものとなるでしょう。私たちは神について偽証する者となり、信じることが無意味になってしまいます。

しかし、キリストは確かに復活しました。この復活は、眠りに就いた者たちへの希望の初穂です。アダムによって全ての人が死に至ったように、キリストによって全ての人が生かされることが約束されています。その順番は、まず初穂のキリスト、次に彼に属する者たちです。最終的には、世の終わりが訪れ、キリストが全ての支配と権威を無力にし、神の国を父なる神に引き渡すことになります。

最後には、死が無力にされる時が来ます。これが神の計画であり、全ての万物がキリストに従う舞台です。私たちはこの復活の約束を通して、信仰の力を与えられています。私たちの信仰が空しいことはなく、むしろ希望と力に満ちたものなのです。キリストこそが私たちの命の源であり、その復活に信じる者は、決して敗れることはありません。真の希望は、キリストにあります。

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