交わりの崩壊-主の力強い御名を賛美する聖句

(詩編 8:1-10 [8:1-9])

原文

指揮者によって。ギティトに合わせて。賛歌。ダビデの詩。

主よ、我らの主よ

御名は全地でいかに力強いことか。

あなたは天上の威厳をこの地上に置き

幼子と乳飲み子の口によって砦を築かれた。

敵対する者に備え

敵と報復する者を鎮めるために。

あなたの指の業である天を

あなたが据えた月と星を仰ぎ見て、思う。

人とは何者なのか、あなたが心に留めるとは。

人の子とは何者なのか、あなたが顧みるとは。

あなたは人間を、神に僅かに劣る者とされ

栄光と誉れの冠を授け

御手の業を治めさせ

あらゆるものをその足元に置かれた。

羊も牛もことごとく、また野の獣

空の鳥、海の魚

潮路をよぎるものまでも。

主よ、我らの主よ

御名は全地でいかに力強いことか。

出典

(詩編 8:1-10 [8:1-9]) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

「主よ、我らの主よ、御名は全地でいかに力強いことか。」これは詩編の言葉であり、私たちの生活における主の偉大さを称賛しています。主は天と地を造り、幼子の口を通してさえも、力を示されます。この言葉は、我々人間がどれほど小さな存在であるかを思い起こさせながら、同時に主は私たちに特別な使命を与えてくださっていることを教えてくれます。人とは何者なのでしょうか。神が我々を心に留め、さらには栄光と誉れの冠を授けてくださるのです。私たちの目の前には、全ての創造物が主の御手によって治められ、羊や牛、野の獣、さらには空の鳥や海の魚に至るまで、そのすべてが私たちの足元に置かれています。これは我々がいかに大きな価値を持っているかを示しているのです。

しかしながら、現代社会ではこの「交わり」が崩れてしまうことがあります。神と共にある交わり、そして互いの間の交わりが失われてしまうと、私たちの心は孤独に満ち、力を失うのです。このようなときこそ、詩篇の言葉に耳を傾け、主の偉大さを思い起こす必要があります。「主よ、我らの主よ、御名は全地でいかに力強いことか。」この賛美の言葉を口にすることで、私たちは主との交わりを再び深めることができるのです。そこで、私たちは謙虚に神の前に立ち、自らの使命を果たしていくことを願います。主の御名を賛美することで、我々自身の存在意義をも再確認するのです。

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