教会の革新と聖書の言葉の大切さ
(列王記下 22:8-13)
あるとき、大祭司ヒルキヤは書記官シャファンに、「主の神殿で律法の書を見つけました」と伝えた。そしてヒルキヤがその書をシャファンに渡したので、彼はそれを読んだ。
書記官シャファンは王のもとに行き、王に報告して言った。「僕どもは神殿にあった献金を取り出して、主の神殿で監督をしている工事担当者に手渡しました。」
次いで書記官シャファンは王に、「祭司ヒルキヤが私に一つの書を渡しました」と告げた。シャファンは王の前でそれを読み上げた。
王はその律法の書の言葉を聞くや、衣を引き裂いた。
王は、祭司ヒルキヤ、シャファンの子アヒカム、ミカヤの子アクボル、書記官シャファン、王の家臣アサヤに命じた。
「この見つかった書の言葉について、私のため、民のため、全ユダのため、主に伺いを立てに行きなさい。先祖がこの書の言葉に耳を傾けず、我々が守るようにと記されたすべてのことを行わなかったために、我々に対して燃え上がった主の憤りは激しいからだ。」
(列王記下 22:8-13) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
ある日、大祭司ヒルキヤは主の神殿で律法の書を発見しました。この発見は、神の言葉が忘れられ、守られないままの時代において、強い警告を私たちに投げかけています。ヒルキヤはその書を書記官シャファンに渡し、彼はそれを読み上げました。王に報告をした時、シャファンは書の言葉を口にしました。王はその言葉を聞き、衣を引き裂き、深い悲しみを示しました。それは神の言葉への無関心がもたらした結果への痛みでした。
王は直ちに祭司ヒルキヤとともに、神の言葉の意味を明らかにし、民に告げるよう命じました。彼はこう言いました。「我々がこの書の言葉に耳を傾けず、主の意志を行わなかったために、主の憤りは激しい。私たちは今、目を覚まさねばならない。」
この物語は、聖書の言葉が私たちの日常生活にどのように影響を及ぼすかを教えてくれています。神の言葉は単なる古い書物ではなく、私たちの信仰と行動に深い影響を与えるものであり、神との関係を築くための基本であることを忘れてはなりません。私たちもまた、日々の生活の中で聖句に耳を傾け、神の導きを求めながら歩むことを忘れないようにしましょう。聖書を読むことは、私たちの心を洗い、新たな信仰の革新をもたらす鍵であると信じます。