宣教者としての使命-エゼキエル書の教え
(エゼキエル書 3:1-11)
主は私に言われた。「人の子よ、あなたが見つけたものを食べなさい。この巻物を食べ、行って、イスラエルの家に語りなさい。」
私が口を開けると、主は私にその巻物を食べさせ、
言われた。「人の子よ、私が与えるこの巻物を食べ、それで腹を満たしなさい。」私がそれを食べると、口の中で蜜のように甘かった。
主は私に言われた。「人の子よ、さあ、イスラエルの家に行き、私の言葉を彼らに語りなさい。
あなたは、分からない言葉を話す舌の重い民にではなく、イスラエルの家に遣わされる。
聞き取れず、分からない言葉を話す、舌の重い多くの民にではない。もし、あなたをその民のところに遣わしたなら、彼らはあなたに聞き従う。
しかし、イスラエルの家はあなたに聞こうとはしない。彼らは私に聞こうとはしない。イスラエルの家はすべて額が硬く、心がかたくなだからだ。
今、私はあなたの顔を彼らの顔と同じように硬くし、あなたの額も彼らの額と同じように硬くした。
私はあなたの額を、岩よりも硬いダイヤモンドのようにした。彼らを恐れてはならない。彼らが反逆の家だからといって、彼らの前におののいてはならない。」
また主は言われた。「人の子よ、私があなたに語る言葉をすべて心に受け入れ、耳で聞きなさい。
そして、さあ、捕囚の人々、あなたの同胞のところに行って、語りなさい。彼らが聞こうと拒もうと、『主なる神はこう言われる』と言いなさい。」
(エゼキエル書 3:1-11) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
主は私たちに語りかけられます。「人の子よ、あなたが見つけたものを食べなさい。」これは私たちに与えられた神の言葉です。この巻物、すなわち聖書を私たちが心に受け入れ、日々の糧として生きることを求められています。神の言葉は、私たちの心の中で蜜のように甘く、真実を示す力があります。
神は私たちに、「行って、イスラエルの家に語りなさい」と命じます。この世の中には、多くの人々が神の言葉を知らず、心をかたくなにしていることがあります。しかし、私たちは恐れることなく、その声に従わなければなりません。イスラエルの人々が神に耳を傾けることを拒んでも、私はあなたの顔を彼らの顔と同じように硬くし、あなたの額を岩よりも硬いダイヤモンドのようにする、と主は約束されます。
私たちがキャッチするべきは、神の言葉を受け入れ、そして他の人々に伝える使命です。聖書を通じて与えられた知恵を、捕囚の人々や同胞に届けなさい。「主なる神はこう言われる」と宣言することは、私たち信仰者の重要な役割です。たとえ人々が拒んでも、神は私たちの背後に立っておられ、私たちを強めてくださいます。
私たちは神の言葉を宣べ伝える使命を持っています。厳しい現実に直面しても、私たちの心には主の言葉が生きています。その信仰をもって、すべての人に神の真実を示していくのです。この世で宣教者として歩むことこそ、私たちの歩むべき道であり、主が私たちに託された使命なのです。