神の輝きと聖句の深い意味

(出エジプト記 33:18-23)

原文

モーセが、「どうかあなたの栄光を私にお示しください」と言うと、

主は言われた。「私は良いものすべてをあなたの前に通らせ、あなたの前で主の名によって宣言する。私は恵もうとする者を恵み、憐れもうとする者を憐れむ。」

さらに言われた。「あなたは私の顔を見ることはできない。人は私を見て、なお生きていることはできないからである。」

主は言われた。「私の傍らに一つの場所がある。あなたはその岩の上に立ちなさい。

私の栄光が通るとき、あなたを岩の裂け目に入れて、私が通り過ぎるまで、私の手であなたの上を覆う。

私が手を離すと、あなたは私の後ろを見るが、私の顔を目にすることはない。」

出典

(出エジプト記 33:18-23) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

モーセは、神の栄光を求めて主に懇願しました。「どうかあなたの栄光を私にお示しください」との願いに対し、神は答えられました。主は、自らの名を宣言し、恵みと憐れみの特質を明確に示す姿勢を示しています。「私は恵もうとする者を恵み、憐れもうとする者を憐れむ」との言葉は、神の変わらぬ愛を物語っています。この聖句は、私たちにも同様の恵みが注がれることを示し、日常生活において愛と慈しみをもって生きることの重要性を教えてくれます。

しかし、神は同時に、モーセに対して自らの顔を見せることはできないと告げました。「人は私を見て、なお生きていることはできないからである」という警告は、神の聖なる存在の恐れ多さを示しています。この神の栄光は、私たちが受け入れるにはあまりにも偉大であるため、神はモーセを岩の裂け目に隠し、自らの後姿を見せることで神の愛の一部を体験させました。

この出来事は、私たちの信仰の旅路において、神の栄光を求めつつも、同時に神の神秘に敬意を表す必要があることを教えてくれます。神は私たちに、自己を省みつつ神の存在に感謝する姿勢を促しています。モーセの求めは、私たちの心にも響き、「神の恵みを受け、その栄光を見つめる」という信仰の道への招きとなります。私たちもまた、日常生活の中で神の愛を感じ、他者への恵みと憐れみをもって行動していくことが大切です。

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