世の光:主にあって光となるための教え

(エフェソの信徒への手紙 5:8-20)

原文

あなたがたは、以前は闇でしたが、今は主にあって光となっています。光の子として歩みなさい。

――光の結ぶ実は、あらゆる善と義と真理との内にあるからです。――

主に喜ばれるものが何かを吟味しなさい。

実りのない闇の業に加わらず、むしろそれを明るみに出しなさい。

彼らがひそかに行っていることは、口にするのも恥ずかしいことなのです。

しかし、すべてのものは光によって明るみに出されて、明らかにされます。

明らかにされるものはみな、光だからです。それゆえ、こう言われています。

「眠っている者よ、起きよ。

死者の中から立ち上がれ。

そうすれば、キリストがあなたを照らされる。」

そこで、知恵のない者ではなく、知恵のある者として、どのように歩んでいるか、よく注意しなさい。

時をよく用いなさい。今は悪い時代だからです。

だから、愚かにならず、主の御心が何であるかを悟りなさい。

酒に酔ってはなりません。それは身を持ち崩す元です。むしろ、霊に満たされ、

互いに詩と賛歌と霊の歌を唱え、主に向かって心から歌い、また賛美しなさい。

いつも、あらゆることについて、私たちの主イエス・キリストの名により、父なる神に感謝しなさい。

出典

(エフェソの信徒への手紙 5:8-20) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

あなたがたは、もはや闇の中を歩む者ではなく、光の中に生きる者として召されています。エフェソの信徒への手紙の中で、私たちがどのように光として歩むべきかが示されています。「光の子として歩みなさい」との教えは、私たちが主にあって生きることの重要性を体現しています。

光がもたらす実は、善、義、真理によって形作られ、私たちの生き方において具体化されます。主に喜ばれることを吟味し、実りのない闇の業に加わらないよう警戒することが大切です。暗闇でひそかに行われていることは、恥ずかしく口にするに足らないことではあるものの、光によってすべてが明らかにされます。私たちが真実を求め、光を持っていることは、キリストの光が私たちを照らしている証しです。

「眠っている者よ、起きよ。死者の中から立ち上がれ」との呼びかけは、思い起こさせます。私たちの行動と選択は、知恵ある者としての道しるべが求められます。悪が蔓延る時代だからこそ、主の御心を悟り、歩むことが重要です。酒に酔って身を持ち崩すことに警告が与えられ、むしろ聖霊に満たされることが求められています。

互いに詩や賛歌を唱え、主に心から感謝し、喜びを分かち合いましょう。どんな時も私たちの生活の中心に主イエス・キリストを置き、父なる神に感謝を捧げることが私たちの使命です。聖句の中で示された光の子としての歩みを通じて、私たちは神の喜びを実現する者となりましょう。

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