宝を天に積む—イエスの教えからの聖句
(マタイによる福音書 19:21-29)
イエスは言われた。「もし完全になりたいのなら、行って持ち物を売り、貧しい人々に与えなさい。そうすれば、天に宝を積むことになる。それから、私に従いなさい。」
青年はこの言葉を聞き、悩みつつ立ち去った。たくさんの財産を持っていたからである。
イエスは弟子たちに言われた。「よく言っておく。金持ちが天の国に入るのは難しい。
重ねて言うが、金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通るほうがまだ易しい。」
弟子たちはこれを聞いて非常に驚き、「それでは、誰が救われることができるのでしょう」と言った。
イエスは彼らを見つめて、「それは人にはできないが、神には何でもできる」と言われた。
その時、ペトロがイエスに言った。「このとおり、私たちは何もかも捨てて、あなたに従って参りました。では、私たちは何をいただけるのでしょうか。」
イエスは一同に言われた。「よく言っておく。新しい世界になり、人の子が栄光の座に着くとき、私に従って来たあなたがたも、十二の座に着いて、イスラエルの十二部族を裁くことになる。
また、私の名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子、畑を捨てた者は皆、その百倍もの報いを受け、永遠の命を受け継ぐ。
(マタイによる福音書 19:21-29) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
イエスは我々に教えています。「もし完全になりたいのなら、持ち物を売り、貧しい人々に与えなさい。それによって天に宝を積むことができる。」この言葉は、物質的な豊かさがどれほど心を惑わすものであるかを示しています。裕福な青年はその言葉に悩み、自らの財産を手放すことができずに立ち去りました。
イエスはさらに弟子たちに言われました。「金持ちが天の国に入るのは難しい。」この教えは、富や権力に囚われることが、信仰の道を妨げることを警告しています。彼は「らくだが針の穴を通る方が易しい」と表現し、救いに届く者は限られていることを伝えています。
弟子たちの驚きに対し、イエスは「それは人にはできないが、神には何でもできる」とおっしゃいました。この言葉は、救いの可能性が人間の努力を超える恵みであることを教えています。
ペトロが何をいただけるのかと尋ねると、イエスは約束されます。「あなたがたは新しい世界で栄光の座に着くことになる。また、私の名のために、家族や財産を捨てた者には、百倍の報いと永遠の命が与えられる。」この約束は、信仰を持って生きる者に対する神の恵みを示しています。
私たちも、物質的な富に執着せず、神の国に目を向けることが求められています。そして、与えることの喜びを感じながら、心から神に従う生き方を選んでいきましょう。これが本当の豊かさを見いだす道です。