共に生きる:聖書の教えと感謝の心
(申命記 26:12-15)
十分の一を納める三年目に、すべての収穫の十分の一を納め終わって、レビ人、寄留者、孤児、寡婦にこれを施し、彼らが町の中で食べて満足したとき、
あなたは、あなたの神、主の前でこう言いなさい。「私は聖なるものを家から取り出し、すべてあなたが命じられた戒めに従って、レビ人と寄留者、孤児と寡婦に与えました。私はあなたの戒めに背いたり、それを忘れたりはしませんでした。
それを喪中に食べたり、汚れているときに取り出したり、死者に供えたりもしませんでした。私の神、主の声に聞き従い、すべて、あなたが命じられたとおりに行いました。
あなたの聖なる住まいである天から見下ろして、あなたの民イスラエルを祝福し、あなたが私たちの先祖に誓われたとおりに、私たちに与えてくださった土地、乳と蜜の流れる地を祝福してください。」
(申命記 26:12-15) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
私たちが共に生きるためには、他者を思いやる心が不可欠です。神の教えは、私たちが隣人、特に弱い立場の人々に対して、気配りを持つことを促しています。申命記26章には、十分の一を納める際の心構えについて記されています。「私は聖なるものを家から取り出し…レビ人、寄留者、孤児と寡婦に与えました。」という言葉は、収穫を分かち合い、支え合うことの大切さを教えています。
私たちもまた、日常生活の中で他者に手を差し伸べることを忘れてはなりません。神から与えられた恵みを、必要な人々に分け与えるとき、私たちは神の愛の反映となり、社会全体が豊かになります。また、「あなたの聖なる住まいである天から見下ろして…私たちを祝福してください。」という祈りは、共生の重要性を象徴しています。
私たちは神の声に耳を傾け、命じられた通りに行動することで、信仰を実践することが求められています。困難な時であっても、他者を思いやる行動を通じて、私たち自身の信仰が試されるのです。共に生き、共に成長するために、この聖句を心に刻み、私たちの日々に活かしていきましょう。神は私たちを見守り、祝福してくださいます。