恵みに強められる—敵を愛するということ
(ルカによる福音書 6:25-35)
今食べ飽きている人々、あなたがたに災いあれ
あなたがたは飢えるようになる。
今笑っている人々、あなたがたに災いあれ
あなたがたは悲しみ泣くようになる。
皆の人に褒められるとき、あなたがたに災いあれ。彼らの先祖も、偽預言者たちに同じことをしたのである。」
「しかし、聞いているあなたがたに言っておく。敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい。
呪う者を祝福し、侮辱する者のために祈りなさい。
あなたの頰を打つ者には、ほかの頰をも向けなさい。上着を奪い取る者には、下着をも拒んではならない。
求める者には、誰にでも与えなさい。あなたの持ち物を奪う者から取り戻そうとしてはならない。
人にしてもらいたいと思うことを、人にもしなさい。
自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな恵みがあろうか。罪人でも、愛してくれる人を愛している。
また、自分によくしてくれる人によくしたところで、どんな恵みがあろうか。罪人でも同じことをしている。
返してもらうことを当てにして貸したところで、どんな恵みがあろうか。罪人でも、同じだけのものを返してもらおうとして、罪人に貸すのである。
しかし、あなたがたは、敵を愛し、人によくしてやり、何も当てにしないで貸しなさい。そうすれば、たくさんの報いがあり、いと高き方の子となる。いと高き方は、恩を知らない者にも悪人にも、情け深いからである。
(ルカによる福音書 6:25-35) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
今、あなたがたは食に満足しているかもしれませんが、飢えを経験する時が来ることでしょう。笑顔で日々を過ごしているあなたがたに、悲しみの訪れが待ち受けるかもしれません。人々から褒め称えられる時、注意が必要です。先祖たちも偽預言者と同様に、過信から転落したのです。しかし、あなたがたに具体的な教えを与えます。敵を愛し、憎む者に親切にすることを忘れないでください。呪いを受けても祝福を返し、侮辱を受けたなら、反撃するのではなく祈りを捧げましょう。
頰を打たれたなら、もう一方の頰を差し出す勇気を持ち、奪われたものを取り戻そうともせず、求められれば与えましょう。このように行動することで、我々は人々の期待を超え、真のクリスチャンとして生きるのです。他人に対して期待せずに持ち物を貸すことによって、私たちの心は豊かにされるのです。
自らを愛されている者として理解し、他者を愛することは簡単です。しかし、老若男女を問わず全ての人に愛を持って接することが本当の恵みです。あなたがたは、何も期待せずに与える者となることで、神の子としての特権を得るのです。神は善人にも悪人にも情け深く、私たちもその模範に従うべきです。この深い真理をもって、日々の生活に新しい視点を加え、この恵みを生かしていきましょう。