永遠の思い:信仰と祈りの道筋
(ユダの手紙 :17-21)
愛する人たち、私たちの主イエス・キリストの使徒たちが前もって語った言葉を思い出しなさい。
彼らはあなたがたにこう言いました。「終わりの時には、嘲る者たちが現れて、自分の不敬虔な欲望のままに振る舞うだろう。」
この者たちは、分裂を引き起こす者、自然の者、霊を持たない者です。
しかし、愛する人たち、あなたがたは最も聖なる信仰の上に自らを築き上げ、聖霊によって祈りなさい。
神の愛の内に自らを保ち、永遠の命を目指して、私たちの主イエス・キリストの憐れみを待ち望みなさい。
(ユダの手紙 :17-21) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
愛する者たちよ、主イエス・キリストの使徒たちの教えを思い起こしなさい。彼らは先にあらかじめ語った言葉がある。「終わりの時には、嘲る者たちが現れ、不敬虔な欲望に従って生きるだろう。」この時代には、分裂を引き起こす者、自然に従う者、霊を持たない者が多く姿を見せます。それは、私たちの信仰を試す試練の時なのです。
しかし、愛する者たちよ、あなたがたは最も聖なる信仰の上に自らを築き、聖霊の導きによって祈りなさい。信仰は、私たちが直面する困難を乗り越える力となります。日々の祈りによって、神の愛の中に自らを保ち、永遠の命を目指す心を忘れてはなりません。
私たちの主イエス・キリストの憐れみを待ち望むことで、神の計画を信じ続けることができるのです。主の愛に深く根を下ろし、日々の生活においても与えられた信仰を実践していきましょう。信仰は私たちを困難から守り、真の希望を与えてくれます。この世の誘惑に惑わされず、聖なる道を歩むことで、私たちは神と共に生きることができるのです。
永遠の命を目指す者として、私たちは神の言葉を心に刻み、他者にそれを伝える使命を担っています。聖書の教えを日々の指針とし、真理に根ざした人生を歩んでいきましょう。これこそが、私たちが神に望まれる生き方です。