神に仕える決断―エリヤが示した真の信仰と選択

(列王記上 18:20-29)

原文

アハブはすべてのイスラエルの人々に使いをやり、預言者たちをカルメル山に集めた。

エリヤはすべての民に近づいて言った。「あなたがたは、いつまでどっちつかずに迷っているのか。もし主が神であるなら、主に従いなさい。もしバアルが神であるならバアルに従いなさい。」だが民は、一言も答えなかった。

エリヤはさらに民に言った。「主の預言者としては、ただ私だけが一人残った。それに対し、バアルの預言者は四百五十人もいる。

雄牛二頭を連れて来なさい。一頭の雄牛を彼らに選ばせ、それを切り裂いて薪の上に載せ、火はつけずにおかせなさい。私も、もう一頭の雄牛を同じようにし、薪の上に載せ、火をつけずにおく。

それから、あなたがたは、自分の神の名を呼び、私は主の名を呼ぶことにしよう。火をもって答える神があれば、それが神である。」民は皆、「それがいい」と答えた。

エリヤはバアルの預言者たちに言った。「あなたがたは大勢だから、まずあなたがたが一頭の雄牛を選んで準備し、あなたがたの神の名を呼びなさい。ただし、火をつけてはならない。」

彼らは与えられた雄牛を引いて来て整え、朝から昼まで、「バアルよ、私たちに答えてください」と言ってバアルの名を呼んだ。しかし、何の声もなく、答える者はいなかった。彼らは自分たちの造った祭壇の周りを跳び回った。

昼になり、エリヤは彼らを嘲って言った。「大声で叫ぶがいい。バアルは神なのだから。瞑想しているか、それとも用を足しているか、旅にでも出ているのか。ひょっとすると、彼は眠っているので、目を覚まさないといけないだろう。」

彼らは大声を張り上げ、自分たちの習わしに従って、剣や槍で身を傷つけ、血を流すまでに至った。

このようにして、真昼が過ぎて、供え物を献げる頃になるまで彼らはわめき叫んだが、何の声もなく、答える者もなく、何の反応もなかった。

出典

(列王記上 18:20-29) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

神は私たちに選択を与え、信仰を求めておられます。イスラエルのアハブ王が預言者たちをカルメル山に集めたとき、エリヤは民に言いました。「あなたがたは、いつまでどっちつかずに迷っているのか。もし主が神であるなら、主に従いなさい。」この言葉は、私たちに信仰の決断を迫っています。どちらか一方を選ぶ必要があるのです。エリヤは一人の預言者として、主の名を呼ぶことを提案し、バアルの預言者たちと競う形で神の力を示そうとしました。

バアルの預言者たちは朝から昼まで叫び続けましたが、答えはありませんでした。その中で、エリヤは彼らを嘲笑いながら、「大声で叫ぶがいい」と言いました。この場面は、偶像や他の神々が無力であることを明確に示しています。私たちが信じる神は、私たちの叫びに耳を傾け、力をもって応えてくださるのです。

私たちもまた、信仰においてどちらに従うかを明確に決めなければなりません。「もし主が神なら、主に従いなさい」というエリヤの言葉は、今も私たちに向けられています。困難な状況でも、人は信仰を持ち続け、神に従う決断をすることが求められています。私たちの選択が、人生の方向を大きく変えるのです。この聖句を通して、私たちは神に仕えることの重要性を再認識し、行動に移す勇気を得ることができます。

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