喜びと献げる心の教え
(コリントの信徒への手紙二 8:1-6)
きょうだいたち、マケドニアの諸教会に与えられた神の恵みを、あなたがたに知らせましょう。
彼らは苦しみゆえの激しい試練を受けていたのに、喜びに満ち溢れ、極度の貧しさにもかかわらず、溢れるばかりに豊かな真心を示したのです。
彼らは力に応じて、いや私は証ししますが、力以上に、自ら進んで、
聖なる者たちへの奉仕に加わる恵みにあずかりたいと、しきりに私たちに願い出たのでした。
それも、私たちの期待とは異なり、神の御心に従って、彼らはまず主と私たちに自らを献げてくれたのです。
そこで、私たちはテトスに、この恵みの業をあなたがたの間で始めたからには、やり遂げるようにと勧めました。
(コリントの信徒への手紙二 8:1-6) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
マケドニアの諸教会の信者たちは、驚くべき試練の中で神の恵みを体験し、他者に対して豊かな思いを持つことができました。彼らは貧しさに苦しんでいるにもかかわらず、喜びに満ち、神への献げ物を進んで行いました。この姿勢は、彼らの信仰の深さを示しています。
「力に応じて、いや私は証ししますが、力以上に、自ら進んで」という言葉が示すように、彼らは自身の限界を超えて、喜んで奉仕することを選びました。これは、自分の持ち物を惜しまずに他者に分かち合うという意味ではなく、彼ら自身をまず神に献げることから生まれる力強い行動だったのです。
この信者たちが示した献身の精神は、私たちに何を教えているのでしょうか。彼らは試練や逆境の中にあっても、自分の持っているものをため込むのではなく、喜びをもって分かち合うことに喜びを見出しました。この姿勢は、与えることの喜びを知ることで、私たち自身が精神的にも豊かになることを示唆しています。
私たちは、時に困難に直面することがありますが、真の大切さは、どのようにそれに向き合うかにあります。互いに励まし合い、献げることを通じて、もっと多くの恵みにあずかることができるのです。
このように、献げることは単なる奉仕に留まらず、私たちの信仰を育てる大切な行為です。私たちもまた、神の御心に従い、自らを献げることで、信仰の歩みを進めていきましょう。