十字架の意義と聖句の力
(イザヤ書 53:10-12)
主は彼を打ち砕くことを望まれ、病にかからせた。
彼が自分の命を償いのいけにえとするなら
その子孫を見、長寿を得る。
主の望みは彼の手によって成し遂げられる。
彼は自分の魂の苦しみの後、光を見
それを知って満足する。
私の正しき僕は多くの人を義とし
彼らの過ちを自ら背負う。
それゆえ、私は多くの人を彼に分け与え
彼は強い者たちを戦利品として分け与える。
彼が自分の命を死に至るまで注ぎ出し
背く者の一人に数えられたからだ。
多くの人の罪を担い
背く者のために執り成しをしたのは
この人であった。
(イザヤ書 53:10-12) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
神は、私たちのために深い愛をもって救いの計画を立てられました。「主は彼を打ち砕くことを望まれ、病にかからせた。」この言葉は、イエス・キリストの犠牲を通じて、私たちがどれほど重い罪を背負う必要があったかを示します。「彼が自分の命を償いのいけにえとするなら」とありますが、これはキリストが私たちのために命を捧げたことを指しています。
主の目的は、私たちの心の中に正義をもたらすことです。「私の正しき僕は多くの人を義とし」とは、イエスの犠牲によって私たちが神の前に潔白とされるという約束を意味します。彼は私たちの過ちを自ら背負い、「彼は強い者たちを戦利品として分け与える」とあります。十字架を通じて、主は私たちに新しい命を与えてくださるのです。
「彼が自分の命を死に至るまで注ぎ出し」とは、イエスの無限の愛と奉仕を表現しています。彼は常に私たちを思い、私たちのために執り成しをしてくださったのです。このことを知るとき、私たちもまた、彼の愛を受け入れ、他者へとその愛を分け与える責任を感じます。
この聖句は、私たちの日々の使命の根源です。十字架は、私たちがどれだけ恵まれ、愛されているかの象徴なのです。イエス・キリストの犠牲を心に刻み、私たちもまた、自分の命を他者のために注ぎ出す生き方を選びましょう。