感謝の心を持つこと—主の言葉に耳を傾けて
(詩編 124:1-8)
都に上る歌。ダビデの詩。
「もしも、主が我らの味方でなかったなら」
さあ、イスラエルは言うがよい。
「もしも、主が我らの味方でなかったなら
人が私たちに逆らって立ち上がったとき
彼らの怒りが私たちに燃え上がり
私たちは生きたまま吞み込まれたであろう。
その時、大水が私たちを押し流し
激流が私たちの上を越えていったであろう。
その時、荒れ狂う水が
私たちの上を越えていったであろう。」
主をたたえよ。
主は私たちを人々の歯の餌食にされなかった。
私たちの魂は小鳥のように救い出された
仕掛けた者らの網から。
網は破れ、私たちは救い出された。
私たちの助けは
天と地を造られた主の名にある。
(詩編 124:1-8) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
詩編124篇には、感謝と信仰の力が表現されています。「もしも、主が我らの味方でなかったなら」という言葉が、この詩の中心にあります。これは、自らの弱さを認識し、主の助けがなければどうなっていたかを思い起こさせるものです。圧倒的な逆境に立たされても、神は私たちを守り、救ってくださる存在なのです。
古のイスラエルが困難に直面したとき、彼らはその恐れと怒りの中で叫びました。「もしも、主が我らの味方でなかったなら」と。私たちも日々の生活の中で様々な困難に直面しますが、その時こそ神の愛に感謝することを忘れてはなりません。主は私たちを人々の歯の餌食にされず、私たちの魂は小鳥のように救い出されます。
詩編の中で「網は破れ、私たちは救い出された」と語っています。これは、神の導きと助けによって私たちが自由になることを示しています。私たちの助けは、天と地を造られた主の名にあるのです。常に主に感謝し、彼の愛に目を向けて歩むことこそ、私たちの信仰の証です。困難の中でも感謝の心を失わず、日々を主と共に過ごすことを思い出しましょう。感謝の祈りが、私たちを強め、希望を与えてくれるのです。