信仰による希望—エレミヤ書の教えと平安の約束
(エレミヤ書 29:4-14)
「イスラエルの神、万軍の主は、私がエルサレムからバビロンへ捕囚として送ったすべての者に、こう言われる。
家を建てて住み、果樹園を造って、その実を食べなさい。
妻をめとって息子、娘をもうけ、息子には妻を迎え、娘は嫁がせて、息子、娘を産ませるように。そこで増えよ。減ってはならない。
私が、あなたがたを捕囚として送った町の平安を求め、その町のために主に祈りなさい。その町の平安があってこそ、あなたがたにも平安があるのだから。
イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。あなたがたのうちにいる預言者や占い師たちにだまされてはならない。あなたがたのために夢を見る夢占い師に耳を傾けてはならない。
彼らは、私の名を使ってあなたがたに偽りの預言をしているからである。私は彼らを遣わしてはいない――主の仰せ。
主はこう言われる。バビロンに七十年の時が満ちたらすぐに、私はあなたがたを顧みる。あなたがたをこの場所に帰らせるという私の恵みの約束を果たす。
あなたがたのために立てた計画は、私がよく知っている――主の仰せ。それはあなたがたに将来と希望を与える平和の計画であって、災いの計画ではない。
あなたがたが私を呼び、来て私に祈るならば、私は聞く。
私を捜し求めるならば見いだし、心を尽くして私を尋ね求めるならば、
私は見いだされる――主の仰せ。私はあなたがたの繁栄を回復する。あなたがたをあらゆる国々に、またあらゆる場所に追いやったが、そこからあなたがたを集める――主の仰せ。私はあなたがたが捕囚となった元の場所へあなたがたを帰らせる。
(エレミヤ書 29:4-14) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
イスラエルの神、万軍の主は、私たちに対して不変の愛と計画を持っておられます。「家を建てて住み、果樹園を造って、その実を食べなさい」との言葉は、私たちが今いる場所での日々の生活を大切にし、実を結ぶことを促しています。この教えは、私たちが困難な状況においても希望を持ち続け、成長し続けることを意味しています。
捕囚の地にいる者たちに、神は平安を求めるよう命じられます。「その町の平安があってこそ、あなたがたにも平安がある」との言葉は、私たちが他者のために祈り、共に生きることの重要性を教えてくれます。私たちの周囲の平安こそが、私たち自身の心の平安をもたらすのです。
また、神は偽りの預言者や夢占い師に惑わされないようにと警告されます。私たちは真実に耳を傾け、神の言葉にしっかりと根ざすことで、混乱や不安に打ち勝つ力を得るのです。「私はあなたがたを顧みる」との約束は、神が私たちの生活に関心を寄せ、すべての瞬間において私たちを支えていることを示しています。
神が私たちに与える計画は、将来と希望を持つ平和平和のものであり、「私を捜し求めるならば見いだし、心を尽くして私を尋ね求めるならば、私は見いだされる」との約束があるのです。私たちの人生の中で神を求めるとき、彼は必ず私たちに応えてくださいます。困難な時にこそ、この聖句を念頭に置き、信仰を持って歩んでいくことが大切です。神の導きとともに、私たちは再び故郷へと帰る希望の旅を進んでいくのです。