歓喜に満ちた神の箱—ダビデの祝福の瞬間
(サムエル記下 6:12-15)
神の箱のゆえに、主がオベド・エドムの家族および持ち物すべてを祝福しておられる、とダビデ王に告げる者があった。そこで、ダビデは行って、喜びのうちに、神の箱をオベド・エドムの家からダビデの町へと運び上げた。
主の箱を担ぐ者が六歩進んだとき、ダビデは雄牛と肥えた家畜をいけにえとして献げた。
主の前でダビデは力の限り踊った。彼は亜麻布のエフォドを身に着けていた。
ダビデとイスラエルの家は皆、喜びの声を上げ、角笛を吹き鳴らして、主の箱を運び上げた。
(サムエル記下 6:12-15) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
聖書において、喜びはしばしば神の祝福の証として示されます。サムエル記下6章12節から15節には、ダビデ王が神の箱を運び上げる瞬間が描かれています。神の箱を担ぐ者が六歩進むたびに、ダビデは喜びをもっていけにえを献げ、主の業を称えました。まさに、神の存在を感じる中で、彼の心は喜びに溢れていました。
ダビデは亜麻布のエフォドを身につけ、主の前で踊り、心の底から賛美しました。この姿勢は、私たちが神を賛美する際の模範です。私たちの生活においても、日々の小さな祝福に感謝し、喜びをもって神を賛美することは非常に重要です。
喜びは信仰の中で育まれ、周囲にも広がっていきます。ダビデとイスラエルの家々は皆、一緒になって喜びの声を上げ、角笛を吹き鳴らしました。この共同体の中での祝福の時間は、彼らにとって特別な意味を持つ瞬間であり、神の愛と恵みを実感するものでした。
私たちもまた、神の箱—すなわち神の臨在を心に大切にし、その恵みに感謝しながら歩んでいくことが求められています。教会での礼拝や家庭での祈りを通し、神の祝福に満ちた生活を送り、喜びを分かち合うことが、信仰の旅路において大切です。神を賛美し、共に喜び合うことが、私たちの信仰をさらに強めるのです。このように、聖句は私たちに重要な教訓を与え、省みる機会を与えてくれます。