キリストの体なる教会—平和と一致を求める信仰の道
(エフェソの信徒への手紙 4:1-7)
ですから、主の囚人である私は、あなたがたに勧めます。招かれたあなたがたは、その招きにふさわしく歩み、
謙遜と柔和の限りを尽くし、寛容を示し、愛をもって互いに耐え忍び、
平和の絆で結ばれて霊による一致を保つよう熱心に努めなさい。
体は一つ、霊は一つです。それは、あなたがたが、一つの希望にあずかるようにと招かれたのと同じです。
主は一人、信仰は一つ、洗礼(バプテスマ)は一つです。
すべてのものの父なる神は唯一であって、すべてのものの上にあり、すべてのものを貫き、すべてのものの内におられます。
しかし、私たち一人一人に、キリストの賜物の秤に従って、恵みが与えられています。
(エフェソの信徒への手紙 4:1-7) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
私たちは主の囚人として、神からの招きにふさわしく歩むことを勧められています。この招きは、ただの呼びかけではなく、私たちが真の意味で生きるための道です。謙遜と柔和を持って、私たちは互いに愛し合い、耐え忍ぶ必要があります。これは、教会の体としての私たちの役割を果たすために欠かせない姿勢です。
聖書の中では、体は一つで、霊も一つであり、私たちが共に一つの希望にあずかるように招かれていることが強調されています。このように、主は一人であり、信仰も一つ、洗礼も一つです。私たちの神は唯一であり、すべてのものの上に、そして内におられます。この真理を理解することは、私たちが日々の生活の中でどのように相手を理解し、愛し合うべきかを教えてくれます。
私たちはそれぞれ、キリストから与えられた賜物を持っています。この恵みを分かち合うことで、教会としての一致と平和を保ち、霊による結束を深めることができます。それゆえ、私たちは心を一つにし、平和の絆で結びつけられた信仰の共同体として、神に仕え続けることが求められているのです。
このように、日々の生活の中で私たちが聖句を思い起こし、互いに助け合うことに努めることは、私たち自身を成長させるだけでなく、神の栄光を現す道でもあります。神の愛にあふれた教会を築いていきましょう。