教会の一致:聖なる者たちのための神の言葉
(使徒言行録 20:25-32)
そして今、あなたがたが皆もう二度と私の顔を見ることがないと、私には分かっています。私はあなたがたの間を巡回して御国を宣べ伝えたのです。
だから、特に今日はっきり言います。誰の血についても、私には責任がありません。
私は、神のご計画をすべて、余すところなくあなたがたに伝えたからです。
どうか、あなたがた自身と羊の群れ全体とに気を配ってください。聖霊は、神がご自身の血によってご自分のものとなさった神の教会の世話をさせるために、あなたがたをこの群れの監督者に任命されたのです。
私が去った後、残忍な狼どもがあなたがたのところへ入り込んで来て群れを荒らすことが、私には分かっています。
また、あなたがた自身の中からも、邪説を唱えて弟子たちを従わせようとする者が現れます。
だから、私が三年間、あなたがた一人一人に夜も昼も涙を流して教えてきたことを思い起こして、目を覚ましていなさい。
そして今、あなたがたを神とその恵みの言葉とに委ねます。この言葉は、あなたがたを造り上げ、聖なる者とされたすべての人々と共に相続にあずからせることができるのです。
(使徒言行録 20:25-32) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
教会の一致が求められるこの時代に、私たちは神の言葉に耳を傾ける必要があります。「私には責任がありません」との宣言があるように、誰かが間違った道を選ぶことは、私たち一人一人の選択でもあります。神の計画を余すところなく伝え、私たちがこの信仰の旅を共にすることがいかに重要か、改めて思い起こさせられます。
聖霊によって選ばれた監督者として、私たちには役割があります。羊の群れを見守る責任を担い、外部からの脅威や内部での誤った教えに対して目を光らせることが求められています。教会は血によって買い取られた宝であり、その意義を深く理解しなければなりません。
私たちが毎日、神の恵みの言葉に浸ることで、信仰が造り上げられ、聖なる者たちと相続を共にする力が備えられます。教会を守り、一致を保つためには、日々の祈りと読み合わせが不可欠です。「私が三年間、あなたがた一人一人に涙を流して教えてきたことを思い起こし、目を覚ましていなさい。」この言葉に耳を傾け、私たちの信仰がしっかりと築かれることでしょう。
教会がひとつになるためには、互いに励まし合い、支え合うことが最も大切です。神の言葉と共に歩むことが、私たちの道を照らし、より深い一致へと導いてくれます。信仰の道を共に進み、神の恵みと愛を分かち合いましょう。