恐れるな:主の慈しみを信じて待ち望む
(哀歌 3:19-24)
私の苦難と放浪を
苦よもぎと毒草を思い起こしてください。
思い出す度に私の魂は沈む。
しかし、そのことを心に思い返そう。
それゆえ、私は待ち望む。
主の慈しみは絶えることがない。
その憐れみは尽きることがない。
それは朝ごとに新しい。
あなたの真実は尽きることがない。
「主こそ私の受ける分」と私の魂は言い
それゆえ、私は主を待ち望む。
(哀歌 3:19-24) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
私たちの人生には苦難や試練が避けられないものです。特に、哀歌3章19-24節には、苦しみの中でも希望を見出すことができるメッセージが詰まっています。「私の苦難と放浪を」と始まるこの言葉は、私たちが直面する痛みや困難を思い起こさせます。苦よもぎや毒草のような思い出は、時に私の心を沈ませます。しかし、この苦しみも一時的なものであることを思い出すとき、心に新たな光が差し込みます。
「それゆえ、私は待ち望む。」という力強い言葉が続きます。ここで私たちが学ぶべきは、主の慈しみは決して絶えることがないという真実です。たとえ私たちがどんなに苦しい状況にあっても、主の憐れみは毎朝新たに私たちを迎えてくれます。「あなたの真実は尽きることがない」との信仰は、私たちの心の支えです。この真実を信じて、私たちは恐れることなく、前に進むことができます。
「主こそ私の受ける分」と私の魂は言います。この言葉は、私たちが何を求め、誰に頼るべきかを教えてくれます。物質的な豊かさではなく、主ご自身が私たちにとっての真の満足と平安であることを思い出しましょう。試練の中でも、主と共にいることが私たちの力となり、希望の光となるのです。どうか、このメッセージがあなたに届き、恐れずに主を待ち望む力となりますように。